やきそばずきじゃいけないんですか? -18ページ目

1つまえの記事について

もしかしたら、こう判断が?早い…みたいなのの主な理由・原因は、この「形式化」にあるのでは…と思って書いてみました。でも、ほとんど自己満足のためだけなのでは感?でも、あまりなじみのない方は一見?論理学ってむずかしそうにみえますが、意外とやさしく?興味をもたれた方の1参考例にでもなればで。一応?いくらかでもと?英語と結びつけたりも…してみましたが…どうでしょう?

英語と同じ手法の1例

この記事では、きょういまは、なぜかしら?あまり体が疲労してないので、ちょっとこまごましたものに挑戦してみようかな…と思います。
論理学では、いろいろ?証明とか?反証?あとは…標準形になおす等、いろいろ操作するにしても、まずその前段階の第1ステップとしての、こう「形式化」とよばれているものについて、そのごく1例だけなのですが、ちょっとふれてみたいと思います。
ちなみに、その形式化とは、こうふつうの言葉・言語で表現されているもの・文を論理式に飜訳?(翻訳じゃないです)すること、みたいなかんじのことです。
なにか、ちょっと学校?の教壇に立ってるような錯覚もおぼえつつ、こうこれから説明しますが、10回、20回くりかえして読んでも、ぜんぜんわからないとかでも、なによりたった1例しか示してないわけですし、そういうわからないとかは、ごくごくふつうなので、お暇な方?は、のちで参考文献も示しますので、ぜひ根気よくがんばってみていただけるとありがたいかもしれません。
日本語の文章
「『ハックルベリー・フィン』の著者はちょうど1人である」
を形式化します。つまり、論理式に飜訳してみます。
『ハックルベリー・フィン』は長く、入力がめんどうなので以後は『H』と略記します。
で、再掲
「『H』の著者はちょうど1人である」
は、意味を変えずに書きかえますと、
「①『H』の著者がいて、②同著者はちょうど1人である」
の1文になりますよね?で、ここで
Hの著者=Hを書いた人
なので、上記の文を、意味をかえずに、また書き換えまして
「①´『H』を書いた人がいて、②´『H』を書いた人はちょうど1人である」
となる。この辺までは?ぜんぜん問題ないですよね?
ここで初めて?記号を導入しまして、
Wab:「aがbを書く」
のように決めてしまいます。Wはwriteのwですね。
また、別の記号
∃:「存在する、居る、在る」
も導入します。
すると部分的に?①´は
③∃xWxh
のように表式化?されます。xは数学だと?変数のようなもの?です。ま、だいたい?ああなんとなくわかる…位で十分だと思います。
じゃぁつぎに、部分的に②´はどうなるかなのですが:
②´「Hを書いた人はちょうど1人である」
は、やはり?意味をかえずに書き換えますと
②”「Hを書いたすべての人が一致する(つまり、たった1人になる?)」
この辺はとてもわかりにくいと思うので、でも、実は英語の決まった言い方?を思い出していただきたいのです。こう原文の注釈のところや、あと、単語・熟語集?とかにもだいたいみかけそうな…
All I know is …=only
…で?たぶん合ってますよね?この文章構成法?とまったく同じ要領で、②”の文は、
④∀y(Wyh⊃y=x)
みたいなかんじになります。だいたいで?とらえてくださいね?
ここで、やはり?
y:変数
です。
あ、あとちょっと忘れてました、
h:『ハックルベリー・フィン』
になります。また、
⊃:“→”と同じで「ならば」の意
また、
&:“∧”と同じく「且つ、そして、…と…、及び」の意
あ、あと
∀:「任意の、すべての、各…」の意
さて、前置き?が長くなりました。以上の各部分③④を、こう合わせる?合体?させまして、
「『ハックルベリー・フィン』の著者はちょうど1人である」
の全体の文章は、
∃x(Wxh&∀y(Wyh⊃y=x))
…のように?形式化がやっとなされるに至りました。これを知ってると?何かあるのか…とかいわれると困ってしまうのですが、まぁこういうのもありますよ?位の気持ちで?みていただけるとありがたいかもしれません。
ちなみに?いつもいつもこんな長い記事は書きませんので。では
(参考文献)
加地大介訳「マグロウヒル大学演習 現代論理学(Ⅰ)」(p.216~217)Ohmsha
(注)
①私の記事でもし個人・団体等の著作ほかの権利ほかにふれている時はすべてこちらの不備によるものであり、ご容赦いただければ。
②私の記事の内容等をどう悪用されても問題にすることはありません。
③文章の内容が何通りかにとれるときは、明らかに私の文章力不足によるものであり、なるべく良いほうの意味でとっていただけるとありがたいところです。

お知らせ

きょうは、~夕方位に?帰れるのではの予定です。