ショートストーリー1200 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

まだ秋だというのに、日暮れ間近に小雪が降り始めた港近くの街。

 

健二はコートに両手を突っ込んで、足早に歩いていると、路地裏に小さな中華料理屋を見つけた。

 

咥えていた煙草を靴の裏で消し、ゴミ箱に放り投げると、店の暖簾をくぐった。

 

「はい、らっしゃい!」

 

白髪混じりの頭に手ぬぐいを巻いた大将が、小気味よく葱を切りながら威勢の良い声で迎えてくれた。

 

間口が狭く奥行きのあるカウンター席だけの町中華。

拉麺スープの豊潤な香りが、否が応でも健二の空腹を刺激し、思わず腹がググ~っと唸った。

 

まだ夕刻4時半ということもあり、客は健二の他に作業着姿の男だけであった。

 

健二は店の一番奥に座ると、目の前のメニュー表に目をやった。

 

「ギョーザと五目炒飯、それにチャーシュー麵をください。」

 

昔から注文するのは速かった。

 

たとえ初めての店でも、入店する時点で、食べたい物は、ほぼ決まっているので、すぐ注文できるのだ。

 

「はいよ!」

 

大将は、そう言うと、さっそく鉄板に油を垂らし、餃子を焼き始めた。

 

「こういう時、酒が飲めたら、どんなにいいだろう。」

 

下戸の健二は外食の時、いつもそう思うのであった。

 

「はい、餃子お待ち!」

 

あっという間に焼き立ての餃子が健二の前に現れた。

 

皮はパリッと、中はジューシーな餃子は、これまた、あっという間に健二の胃袋へと消えた。

 

「はい、五目炒飯とチャーシュー麺!」

 

大将の調理も、かなり速い。

 

味は全て驚くほど絶品であった。

 

すっかり満腹になった健二は、2千円でお釣りを貰うと、「ごちそうさま!」と言って店を出た。

 

降っていた小雪は止んでいた。西の空に、おぼろ月が浮かんでいるのが見えた。

 

「明日こそは、なんかいい事あるかな?」

 

不思議と、そんな事をふと呟いていた。

 

古びたブロック塀の上で、目を光らせ、健二を見ている猫がいて、すれ違いざまに「にゃーー」と挨拶をしてきた。

 

「おう、おやすみ。」

 

健二は、そう返事をした。

 

路地から出ると、少し広い通りを横断し、海辺の歩道を歩いた。

 

寄せては引く波の音が、寒い潮風と共に、健二の体を通り過ぎてゆく。

 

「部屋に帰ったら、すぐに風呂を沸かして入ろう。」

 

白い息を吐きながら、見えない海に向かって呟いた。

 

「拝啓、お元気ですか?俺は可もなく不可もなく、相変わらずの日々です。」

 

心の奥で、遠いあの日の、あの人に、そう告げると、健二は少しだけ気持ちが安らぐのを感じた。

 

その夜は、今年一番の寒さだった。

 

 

 

 

 

 

 

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