まだ秋だというのに、日暮れ間近に小雪が降り始めた港近くの街。
健二はコートに両手を突っ込んで、足早に歩いていると、路地裏に小さな中華料理屋を見つけた。
咥えていた煙草を靴の裏で消し、ゴミ箱に放り投げると、店の暖簾をくぐった。
「はい、らっしゃい!」
白髪混じりの頭に手ぬぐいを巻いた大将が、小気味よく葱を切りながら威勢の良い声で迎えてくれた。
間口が狭く奥行きのあるカウンター席だけの町中華。
拉麺スープの豊潤な香りが、否が応でも健二の空腹を刺激し、思わず腹がググ~っと唸った。
まだ夕刻4時半ということもあり、客は健二の他に作業着姿の男だけであった。
健二は店の一番奥に座ると、目の前のメニュー表に目をやった。
「ギョーザと五目炒飯、それにチャーシュー麵をください。」
昔から注文するのは速かった。
たとえ初めての店でも、入店する時点で、食べたい物は、ほぼ決まっているので、すぐ注文できるのだ。
「はいよ!」
大将は、そう言うと、さっそく鉄板に油を垂らし、餃子を焼き始めた。
「こういう時、酒が飲めたら、どんなにいいだろう。」
下戸の健二は外食の時、いつもそう思うのであった。
「はい、餃子お待ち!」
あっという間に焼き立ての餃子が健二の前に現れた。
皮はパリッと、中はジューシーな餃子は、これまた、あっという間に健二の胃袋へと消えた。
「はい、五目炒飯とチャーシュー麺!」
大将の調理も、かなり速い。
味は全て驚くほど絶品であった。
すっかり満腹になった健二は、2千円でお釣りを貰うと、「ごちそうさま!」と言って店を出た。
降っていた小雪は止んでいた。西の空に、おぼろ月が浮かんでいるのが見えた。
「明日こそは、なんかいい事あるかな?」
不思議と、そんな事をふと呟いていた。
古びたブロック塀の上で、目を光らせ、健二を見ている猫がいて、すれ違いざまに「にゃーー」と挨拶をしてきた。
「おう、おやすみ。」
健二は、そう返事をした。
路地から出ると、少し広い通りを横断し、海辺の歩道を歩いた。
寄せては引く波の音が、寒い潮風と共に、健二の体を通り過ぎてゆく。
「部屋に帰ったら、すぐに風呂を沸かして入ろう。」
白い息を吐きながら、見えない海に向かって呟いた。
「拝啓、お元気ですか?俺は可もなく不可もなく、相変わらずの日々です。」
心の奥で、遠いあの日の、あの人に、そう告げると、健二は少しだけ気持ちが安らぐのを感じた。
その夜は、今年一番の寒さだった。
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