ショートストーリー1071 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

「あれから、どこへ行ってたんだ?......かなり探したんだぞ?」

 

 

 

豊は不愉快そうな表情でそう言うと、煙草を咥えた。

 

 

 

和恵は、そんな豊に背を向け、黙ったまま文庫本を読んでいるフリをしていた。

 

 

 

「どこへ行っていたのか訊いているんだ。答えたらどうなんだ?」

 

 

豊の口調は、徐々に厳しさを増していった。

 

 

 

それでも和恵は、ひたすら沈黙し続けていた。

 

 

 

「ここの苺パフェ、意外とイケるのよ。...ひと口、食べてみない?」

 

 

暫らくすると和恵は、振り向いて笑みを浮かべ、そう言った。

 

 

 

スプーンに載せられた生クリームを、豊に味見させようとする和恵の仕草は、豊を拍子抜けさせると同時に、怒りさえも消していった。

 

 

 

「俺は甘党だけど、パフェ類は苦手なんだ。...気持ちだけ、ご馳走になるよ。」

 

 

 

そんなセリフが口をついて出る程、豊の心は、いつの間にか和んでいた。

 

 

「私...たまに、一人きりになりたくなる時があるの。」

 

 

パフェを口に運び、スプーンを口から離すと、思い出したように和恵がそう呟いた。

 

 

 

「一人きりか。...つまり、俺からも離れてってこと?」

 

 

豊が煙草を吹かしながら、足を組み直し言った。

 

 

 

 

「ええ。...あなたからも離れて。...つまり、世界中の誰とも会うことなく、私だけの世界にいたくなるの。」

 

 

 

豊には、そんな事を言う和恵が、どこか不思議な人に思えていた。

 

 

 

「疲れているんじゃないの?...俺は、ストレスが溜まっていると、誰にも会いたくなくなるよ。...和恵も、そういう感じなのかもよ?」

 

 

豊はテーブル席から立つと、窓辺に立ち、夏の空を見上げ言った。

 

 

グラスの中の苺が、融け始めたクリームの中へ音もなく埋もれていった。

 

 

 

「そういう感じとは、ちょっと違うの。...うまく言えないけれど。...私の場合、ストレスは関係ないみたい。...ただ意味もなく、一人になりたくなる。」

 

 

 

そう言った後、和恵は埋もれた苺をスプーンですくい上げ、口の中へ入れた。

 

 

 

「うまいか?...真っ赤な苺。」

 

 

 

「えっ?...うん。美味しい。...少し、酸っぱいけどね。」

 

 

 

和恵の様子を見ていた豊に突然、味の感想を訊かれ、和恵は再び笑みを少し取り戻しながら答えた。

 

 

 

「一人になってもいいけどさ...俺が、お前を心配していることも心の片隅に置いといてくれよ。...な?」

 

 

煙草を灰皿で揉み消すと、豊はチューインガムを取り出しながら言った。

 

 

 

「うん。...分かった。...ごめんね。急に消えたりして。」

 

 

 

和恵は素直にそう言うと、ポケットからデジカメを取り出し、何も言わず豊の横顔を撮った。

 

 

 

「盗撮かよ?...」

 

 

 

「まぁ~ね。...えへへ(笑)」

 

 

 

屈託のない笑みを浮かべ、和恵がそう答えると、豊は和恵の肩を軽く叩き、言った。

 

 

 

 

「帰りは、少しだけ遠回りして帰ろう。...君が好きな、あの水族館に寄って。...」

 

 

和恵は嬉しそうに頷くと、ネイビーとピンクのポシェットを肩から下げ、席を立った。

 

 

 

二人が立ち去った窓際のテーブルには、哀しくなるほど爽やかな海風が、静かに吹き抜けていた。。。。

 

 

 

 

 

 

 

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