「あれから、どこへ行ってたんだ?......かなり探したんだぞ?」
豊は不愉快そうな表情でそう言うと、煙草を咥えた。
和恵は、そんな豊に背を向け、黙ったまま文庫本を読んでいるフリをしていた。
「どこへ行っていたのか訊いているんだ。答えたらどうなんだ?」
豊の口調は、徐々に厳しさを増していった。
それでも和恵は、ひたすら沈黙し続けていた。
「ここの苺パフェ、意外とイケるのよ。...ひと口、食べてみない?」
暫らくすると和恵は、振り向いて笑みを浮かべ、そう言った。
スプーンに載せられた生クリームを、豊に味見させようとする和恵の仕草は、豊を拍子抜けさせると同時に、怒りさえも消していった。
「俺は甘党だけど、パフェ類は苦手なんだ。...気持ちだけ、ご馳走になるよ。」
そんなセリフが口をついて出る程、豊の心は、いつの間にか和んでいた。
「私...たまに、一人きりになりたくなる時があるの。」
パフェを口に運び、スプーンを口から離すと、思い出したように和恵がそう呟いた。
「一人きりか。...つまり、俺からも離れてってこと?」
豊が煙草を吹かしながら、足を組み直し言った。
「ええ。...あなたからも離れて。...つまり、世界中の誰とも会うことなく、私だけの世界にいたくなるの。」
豊には、そんな事を言う和恵が、どこか不思議な人に思えていた。
「疲れているんじゃないの?...俺は、ストレスが溜まっていると、誰にも会いたくなくなるよ。...和恵も、そういう感じなのかもよ?」
豊はテーブル席から立つと、窓辺に立ち、夏の空を見上げ言った。
グラスの中の苺が、融け始めたクリームの中へ音もなく埋もれていった。
「そういう感じとは、ちょっと違うの。...うまく言えないけれど。...私の場合、ストレスは関係ないみたい。...ただ意味もなく、一人になりたくなる。」
そう言った後、和恵は埋もれた苺をスプーンですくい上げ、口の中へ入れた。
「うまいか?...真っ赤な苺。」
「えっ?...うん。美味しい。...少し、酸っぱいけどね。」
和恵の様子を見ていた豊に突然、味の感想を訊かれ、和恵は再び笑みを少し取り戻しながら答えた。
「一人になってもいいけどさ...俺が、お前を心配していることも心の片隅に置いといてくれよ。...な?」
煙草を灰皿で揉み消すと、豊はチューインガムを取り出しながら言った。
「うん。...分かった。...ごめんね。急に消えたりして。」
和恵は素直にそう言うと、ポケットからデジカメを取り出し、何も言わず豊の横顔を撮った。
「盗撮かよ?...」
「まぁ~ね。...えへへ(笑)」
屈託のない笑みを浮かべ、和恵がそう答えると、豊は和恵の肩を軽く叩き、言った。
「帰りは、少しだけ遠回りして帰ろう。...君が好きな、あの水族館に寄って。...」
和恵は嬉しそうに頷くと、ネイビーとピンクのポシェットを肩から下げ、席を立った。
二人が立ち去った窓際のテーブルには、哀しくなるほど爽やかな海風が、静かに吹き抜けていた。。。。
懐かしのヒットナンバー