「いらっしゃいませ。...」
買う予定もないのに、隆雄は貴金属店に立ち寄った。
さほど広くもない店内には、まるでキャビンアテンダントのような長身の美人店員が、こちらを見て微笑んでいた。
先日、店の前を通った際、隆雄はガラス越しにこの店員を見て、一目惚れしたのである。
「こんな田舎街に、これほど魅力的な女性がいたなんて。...」
店員を見た時、隆雄の固定観念が、一瞬にして覆り、目から鱗が落ちたような気がした。
平日の昼間ということもあってか、店内には店員と隆雄の二人しかいなかった。
隆雄は不自然にならないよう、ショーケースの中の指輪に目を向けた。
「15万に36万...こっちは58万か。...」
煌めく指輪の前に置かれた値札には、隆雄が普段、目にすることのない金額が表示されていた。
無意識に出た溜め息を感じ取ったかのように、意中の店員が声をかけてきた。
「どなたかに、プレゼントなされるのですか?...こちらにも御座いますので、宜しかったらどうぞ。」
「はい。...どうも」
隆雄は頭を小さく下げると、店員が促したショーケースへ歩を進めた。
「こっちは、桁が一つ小さくなりましたね。...これなら、なんとか頑張って。...ははっ(笑)」
はなっから買う予定などないのに、思わせぶりな事を言い苦笑いする自分を、隆雄は情けなく思った。
お気に入りの美女店員が丁度良い距離を保ちながら、隆雄の斜め後ろで邪魔にならないよう見守っている感じが、更に彼女に対する好感度をアップさせた。
「あのう、これ見せてもらってもいいですか?」
いたたまれなくなった隆雄は、ケースの中で、ひと際輝きを放って.いる指輪を指さし、言った。
「はい。...少々お待ちください。」
店員は即座にそう答えると、ショーケースの向こう側へ行き、指輪を取り出した。
「失礼ですが、指輪のサイズは、お分かりですか?」
店員は落ち着いた物静かな声でそう訊くと、隆雄の目を見つめた。
「えっ?...サイズですか。...え~っと...たしかMか...いや、Lサイズだったかな?」
すると店員は、マスクで隠れた口元を更に手で覆い、「うふっ...」と、小さな笑い声を漏らした。
のちに指輪のサイズは6号7号のように数字で表示され、決してS、M、L、LLのような表示はされないことを知り、自宅で赤面した隆雄であった。
しかしその時、店員は、決して隆雄の誤りを口にすることは無く、さり気なく適合しそうな指輪を幾つか提示しながら丁寧に説明をしてくれた。
そんな、さり気ない気配りと優しさが、隆雄の恋心を一層熱くさせていった。
隆雄は何気なく、店員の胸に留めてある名札に目をやった。
「この人、恩田さんっていうのか。...」
まるで思春期の中学生のように、名前を知っただけで嬉しくなる隆雄であった。
「折角いろいろご説明頂いたのに、買わなくてすみませんね。...また検討させて頂きます。」
隆雄は、そう言うと店員に微笑んでみせた。
「ありがとうございました。...また、お待ち致しております。...」
店員は、そう言うと深くお辞儀をし、隆雄をドアまで見送った。
隆雄は背後に店員の視線を感じながら店を出て、2、3歩、歩き始めると、思いきって振り返り言った。
「今度、来た時は、あなたの指に合うサイズのリングを選びたいと思います。...それじゃ!」
「えっ?......あっ、はい。...」
隆雄の突然すぎるサプライズ発言に訳が分からず呆然としながらも、店員は優しく微笑みを返し、そう答えたのであった。
雨の上がった空には、美しい青空が小さく顔を覗かせていた。。。。
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