16年ぶりの流星群が、夜空を彩ったその日...。
朱美は、南の外れにある小さな孤島で、ひとり旅最後の夜を過ごしていた。
本来ならば、隆雄との二人旅になる筈であった。
しかし、その隆雄は今から一週間ほど前、突然、朱美に対し、別れを切り出し、去ってしまった。
別れた原因について、思い当たる節もなく、いまだに納得のいかない朱美であった。
「まさか、失恋旅行になるとはね。...ワケ分からない。」
海岸沿いの崖に建つ民宿の窓から、月夜に照らされた静かな海面を見つめ、朱美は呟いた。
「お月様がこんなに明るいと、流星、見られないかも。..」
そう思って、窓を閉めようとした時、一筋の長い閃光が月の上をかすめるように流れてゆくのが見えた。
「ラッキー!...」
そう思うと同時に、感動を共に分かち合う相手が傍にいない現実が、朱美の胸を切なく締めつけた。
「明日は午後の便で、ゆっくり帰ろう。...どうせ、待っている人なんていないのだから。..」
ひと口だけ残っていた缶酎ハイを喉に流し込むと、朱美は窓を閉めた。
翌朝は、生憎の曇り空であった。
気温も、前日とは打って変わって真冬のような寒さ。
薄手の上着しか持ってこなかった朱美は、後悔しながら民宿をあとにし、空港行きのバスが来る停留所へと歩を進ませた。
バスが来るまでの間、朱美は待合室で、ぼーっとしながら地元のテレビ番組を見つめていた。
すると朱美は、画面の端のほうに映っている男に見覚えがあるような気がした。
それは、テレビや雑誌で見たという類の“見覚え”ではなく、実際に会い、面識があるという意味での“見覚え”であった。
「え~~っと、誰だっけ?..たしか...」
結局、はっきりと思い出せないうちにバスが来て、朱美は空港へと去っていった。
やがて、朱美を乗せた航空機が小さな滑走路から離陸して間もなく、朱美は、ようやく思い出した。
「あぁ!...あのテレビの人、学生時代、同じテニスサークルにいた弓丘君だわ!...たしか沖縄から更に南にある島の出身だって言ってたし。...地元で頑張ってるのね。」
当時、特に親しかったというわけでもなく、正直どうでもいい事であった。
しかし、今の朱美には、そんな細やかな事でさえも励ましとなり、なんだか元気が湧いてきたのであった。
「あの頃の弓丘君、サークル内では、目立たない存在だったのに。..人生って、分からないものね。」
鉛色の空と海を見つめながら、朱美は、ふと、そう思った。
いつの間にか眠っていた朱美が、目を覚ました時、すでに眼下には到着する滑走路が迫っていた。
「傷心旅行も終わりか。...また、この都会で、ひとり健気に生きていくしかないわね。」
溜め息交じりに心でそう呟くと、航空機から降り、朱美は、いつもの街へと戻っていった。
それから10日ほど経った、ある日...。
朱美のもとに、一人の女性が現れた。
それは、一方的に別れていった隆雄の姉、聡美であった。
とりあえず、部屋に上がってもらい、緑茶を出すと、聡美は姿勢の良い正座姿で礼を言い、澄んだ瞳で朱美を真っ直ぐに見つめ、言った。
「実は、弟のことなのですが。...」
そう切り出した聡美に朱美は、すかさず「隆雄さんに、何かあったのですか?」と尋ねた。
すると聡美は、一旦、目を伏せた後、再び朱美を見て言った。
「隆雄は今、帝徳大学病院に入院しているんです。...もう2年前から難治性の病で通院していたのですが、急に容態が悪化して、先日入院を。...」
「そうだったのですか!...」
交際中、隆雄から、病のことなど一度も聞かされたことがなかった朱美は、聡美の言葉に驚きを隠せなかった。
更に聡美は、言葉を続けた。
「それで隆雄は、朱美さんが、こんな体の自分と交際していたら苦労ばかりかけてしまい、幸せには出来ないと思って、強引に別れたのだと思います。...」
朱美は、何も知らなかったとはいえ、今まで隆雄に数々の愚痴や不満をぶつけてきた己を恥じた。
「もし許されるのなら、今すぐ隆雄さんのいる病院へ行きたいです!...行って、別れを撤回させます。」
朱美は真剣な眼差しでそう言うと、隆雄の姉と共に、帝徳大学病院へと向かった。
そして、ようやく隆雄のいる病室に辿り着くと、大きくなりそうな声を抑えながら隆雄に言った。
「なに、一人で格好つけてんのよ!...あなたが、どんな病気になろうが私、一緒に生きていくに決まってるじゃない!....あなたがいない無難な人生よりも、たとえ苦難に満ちていても、あなたと生きる人生を私は選ぶわ!...」
そう言い終えると朱美は、涙を流し、布団の上に顔を伏せた。
そんな朱美の頭を、隆雄は点滴がついていないほうの手で優しく撫でながら、「ごめん。...ありがとう。朱美..」と、力なき声で答えた。
翌日
手術は無事成功し、2週間後、隆雄は朱美が押す車椅子に乗って、退院したのであった。
「あの島で、次に流星群が見られるのは4年後らしいの。...今度こそ、一緒に見に行こうね!」
朱美が、そう言って隆雄の腕を優しく擦ると、隆雄は涙を浮かべ、静かに微笑みながら頷いたのであった。
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