「今さら、この俺に愛想を尽かした訳じゃないだろうな?...俺は、まだまだ、お前に夢中だぜ?」
都内で違法な高利貸しを営む小村は、派手な外車を繁華街に路駐させ、運転席で携帯に向ってそう言った。
9月中旬でも、まだ肌を焼くような強い日差しが照りつけ、ボンネットに反射して小村のサングラスの金縁を輝かせていた。
ポマードで固めたオールバックの頭髪、そして短くそろえた顎ひげ。眉間には深い縦皺が4本通っている。
首には太いゴールドのネックレス。いかにも裏社会を思わせる出で立ちであった。
「プッ、プーー-」
けたたましいクラクションが後方から鳴り響き、小村は携帯を頬に当てたままバックミラーを見上げた。
そこには軽トラックが映っており、運転席のメガネをかけた男が睨んでいた。
「ふっ、誰に喧嘩売ってんだ?...俺に難癖つけてくるとは、いい度胸だな...」
小村は、そう呟くと、通話中の女に、また後でかけ直す旨を伝えて切り、車から降りた。
小村はストライプの入った黒いダブルスーツに身を包み、後方の軽トラに歩み寄った。
軽トラの男は、小村がドアの脇に来ても窓を開けようとせず、じっと睨み続けていた。
小村は堪忍袋の緒が切れたように、怒鳴り始めた。
「おい、こらっ!..ドア開けろ!てめぇ、何様のつもりだ?!」
まさに、チンピラそのものといった小村の振る舞いに、通行人も好奇と共に冷めた視線を送っていた。
完全に切れた小村は、運転席の窓を拳で3度殴った。そしてドアノブを握り、何度もガチャガチャと引き始めた。
小村が絶対に車のボディを蹴らないのは、傷をつけたり凹ませでもしたら器物破損で訴えられ、他の軽犯の足が付くのを恐れていたからであった。
切れていながらも、そういった部分は実に冷静な小村であった。
軽トラの男は、そんな小村の言動に恐れる様子もなく、むしろ見下ろすような余裕の表情で睨み続けていた。
どう見ても小村より、10歳は若い。そんな若造に切れている自分が情けなくもあるが、クラクションを鳴らされたという事実が、小村のプライドを傷つけていた。
そのプライドは裏社会の底辺で生きる小村にとって、決して捨てきれない自我そのものでもあった。
「この根性なしが!...喧嘩も出来ねービビリ小僧が、ハッタリかましてんじゃねーぞ!こら!」
自ら収拾の付け方を模索していた小村は、仕方なくそう叫ぶと、最後にまた窓ガラスを殴り、自分の車に戻っていった。
バックミラーに映っている軽トラの男は、そこから走り去ることなく、まだ車内の小村を睨んでいた。
さすがに小村も、もう相手にはせず、内ポケットから携帯を取り出し、女にリダイヤルした。
「おう、俺だ。...途中で切って悪かった。..いや、頭のいかれた坊やを構っていたもんでな。...それで、今度いつ会えるんだ?」
小村の問いかけに女の返答はなく、無言状態が続いていた。
「おい、お前まさか...ほかに男が出来たんじゃねーのか?..あ?」
急に小村の声が、低く凄みを増してきた。
女は、その問い掛けにも沈黙を続けていた。
「おい...どこの何ていう男だ?!...見つけ出して、必ずやってやるからよ!」
「やってやる」とは、すなわちこの世から消すことを意味していた。
「そんなこと言われたら、余計言える訳ないじゃん!...トシハルが悪いんだよ!いつも酒を飲んでは、私に暴力ばっか振るうから!...何度、警察に連絡しようと思ったか。...」
ようやく女が震えるような声で、一気にそう話した。
すると小村は顎ひげを指先で撫で、口元に不穏な笑みを浮かべながら静かな口調で言った。
「つまり...いるんだな?男が。..あ?..へへへっ、お前も随分とお高い女になったよなぁ。..あ~?..薬漬けにされて死に掛けていたお前を拾って介抱し、一から生活を立て直してやったのは誰だ?..恩を仇で返すとは、この事だな。...リエコ...てめぇ!」
小村は携帯を握り潰すが如く手に力を込めると、奥歯をギシギシと噛み締めていた。
すると急に助手席のドアが開いた。小村は鬼のような形相でドアの方に顔を向けると、そこにはバスタオルを幾重にも巻いた左手を車内に突き出している男の姿があった。
その男は紛れもなく、軽トラの運転席にいたメガネの男であった。
「なんだ、てめぇーーー!」
そう言った小村の視線が、バスタオルの奥から顔を覗かせている鉛色の銃口を捉えた。
「彼女、あんたの暴力が嫌で嫌で堪らないんだって。..だから大人しく別れてやってよ。..彼女のことは、この俺が看るからさ...」
男は、薄ら笑いを浮かべながらそう言うと、躊躇なく拳銃の引き金を引いた。
消音装置を付けた拳銃は、静かな音を3度鳴らした。
繁華街の喧騒の中、男は何事もなかったように、助手席のドアを締めると、軽トラに乗り込み、繁華街を走り去っていった...。
小村の手から落ちた通話中の携帯からは、かすかに女の嗚咽が漏れ聞こえていた。。。。
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鈴木雅之 「Guilty」