ユリコから届いたメールの最後に、そんな意味深な言葉が綴られていた。
都内のホテルで取引先である顧客とランチを食べていたタカオは、トイレに立った時にメールを一読し、唇を噛み締めた。
タカオは顔を上げ、鏡に映る自分を見つめると、一週間前のユリコとの熱く激しい情事を思い出した。
まだ生々しいほどに唇や素肌がユリコの感触を憶えていた。タカオは唇に人差し指を当てると、ユリコという女を猛烈に求めている自分の潜在意識に改めて気がつき、目を細めた。
「だめだ....。もう俺は、ユリコに対して理性も理屈も効かなくなってしまった。...己を制御する術を失ってしまったかのようだ。..」
タカオは、そう呟くと髪をかき上げ、鏡に映る自分の顔を睨んだ。
タカオが席に戻ると、向かいに座っている顧客が、ワインを飲みながら言った。
「河山さん、少々プライベートなお話をしますが、宜しいですかな?」
「はっ?...あ、ええ!..結構ですよ。...ただし、手加減してくださいよ(笑)」
タカオはユリコからのメールに、まだ若干動揺していたが、顧客に対し爽やかな笑顔でそう答えた。
顧客は鞄から表紙のついた一枚の大判写真を取り出すと、おもむろにタカオに差し出した。
「なんですか?これ....」
「見ての通り、お見合い写真...と言いたいところですがね。... そこに写っている子、実は私の姪っ子でしてね。..快聖総合病院で女医をしとるんですが、彼女も、もう30代半ば。そろそろいい人を...なんて、伯父としては思っとるわけです」
顧客はメガネの縁を指で押し上げながら、満足げな笑みを浮かべそう言った。
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「は、はぁ....」
あまりにも唐突な展開に、タカオは唖然としながらも相槌を打ち、顧客の話を聞いていた。
「どうです?...なかなか別嬪でしょ?..名前はユカリといいましてね。仕事柄、異性との出会いも少ないようでして。..ユカリは気立ての良い、しっかりとした子なんですよ。よく気も利くし」
顧客が繰り広げる「姪っ子セールストーク」は、益々なめらかに饒舌になっていった。タカオは写真と顧客の顔を交互に見ながら、額に滲んだ汗をハンカチで拭った。
「つまり...町澤様は、こちらの女性を私に紹介してくださっている...そう解釈して宜しいのですか?」
タカオは顧客の話が長引く前に、自らそう尋ねた。
「ええ。そう受け取って頂いて結構です(笑)...あなたの人物像は、私もよく理解しているつもりです。...河山さん、あなたのような人なら、姪っ子も幸せになれると思うんです」
顧客の町澤は、タカオをなんとしても姪と結び付けようと懸命のようであった。
「町澤様...。とても大事なお話ですので、今ここで即答は出来ません。どうかご理解ください」
タカオは、この縁談に乗る気など更々なかったが、商売上、長い付き合いである町澤の顔を立てて、ひとまずそう答えた。
「ええ、勿論ですよ。...人生の伴侶を決めるわけですから、時間をかけて、じっくり考えてみてください。..くどいようですが、ユカリは、ほんと良い子ですよ」
「あ、はい(笑)...考えさせてください」
タカオは予期せぬ展開となったランチを終えると、ホテル前で顧客と挨拶を交わし別れた。
タカオは大通りでタクシーを拾うと、ミカコが勤めているガーデニングショップへ向った。
ミカコはタカオの良き相談相手であり、タカオが心から惚れている女であった。それはミカコも同じであった。
タカオは、ミカコという恋焦がれている本命の女がいながら、一時の火遊びのつもりでユリコを抱いてしまったことで、自責の念に駆られていた。
店に着くと、いつものようにミカコが屈託ない笑顔で迎えた。タカオは、その笑顔に誰よりも安らぎを覚えていた。
タカオは店内に、ミカコと自分以外誰もいないことを確めると、真剣な眼差しをミカコに向けて言った。
「ミカコ...もう俺を迷わせないでくれ。...はっきりさせよう。..ミカコ、俺と、俺と一緒になってくれ!」
タカオの言葉にミカコは、目を丸くしたまま黙っていたが、やがて優しく微笑むと小さく頷いたのであった。。。
その夜....
シティホテルの一室で、二人は愛を確かめ合った。自分の胸に顔をのせて眠るミカコの髪を優しく撫でながら、タカオは思っていた。
「ユリコ...。もう、君に会うことは出来ないんだ。..君が、どんなに俺を欲していても。...」
その時、ベッドサイドに置かれたミカコのバッグの中で、マナーモードの携帯が小刻みに震えていた。
その携帯を震わせているのは、ユリコであった。。。。
この時タカオは、まさかミカコとユリコが同性愛で結ばれていることなど、知る由もなかった。。。。
ユリコとタカオ...。
お互いに切っても切れない、逃げようにも逃げられない、したたかで激しい愛欲で結ばれていることを、タカオは、これから存分に知ることとなるのであった。。。。
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