結ばれる訳もない、戯れのような軽い気分で始まった恋愛ごっこが、結ばれずとも離れられない深い愛へと反応しながら変化してゆく...。
二人は気づいていた。もう、普通の二人には戻れないことを...。もう、普通の愛では、満足できないことを...。
穏やかに晴れた春の日の午後。。。
リビングの片隅にできた陽だまりで、お気に入りのクッションを抱き、うたた寝をしている由理香の耳元を、そよ風が撫でていった。
![$丸次郎「ショートストーリー」](https://stat.ameba.jp/user_images/20120302/21/23234123/57/04/j/t02200220_0300030011827911081.jpg?caw=800)
「由理香...愛してる...由理香、いつまでも一緒だよ」
友宏の声が、そう囁いたような気がして、由理香は薄目を開けた。
5cmほど開いたベランダの窓から、海岸沿いに咲く花々の香りを連れた潮風が入り込み、静かに部屋を満たしていた。
由理香は、ふと気になって、テーブルの上の携帯に手を伸ばした。友宏からの新着メールはなく、アダルトサイトのDMが2件届いていた。
膝を抱えながら唇を尖らせ、それらを削除すると、由理香はレースのカーテンが揺れる窓の外に目をやった。
青空を流れてゆく綿のような雲を見つめているうちに、友宏の温もりが、たまらなく恋しく思えてきた由理香。
再び携帯を見つめると、友宏にメールを打ち始めた。
しかし、なぜか言葉が思い浮かばない。。。ただ、「会いたい、会いたい、会いたい...」というフレーズを、何遍も何遍も打ち続けていた。
鏡台の前に行って座ると、少し開いた唇にそっと人差し指を当て、由理香は溜め息をついた。テーブルの上には、送信されるのを待っている「会いたい」の行列たち。。。
指先に伝わる唇の感触が、あの日の熱い抱擁を鮮明に思い起こさせ、由理香は、いたたまれない気持ちになった。
「友宏...会いたい。今すぐ。...ううん、今夜でいいから、この前待ち合わせた四本木通りのカフェに来て。..友宏が来るまで、ずっと待ってるから」
由理香は新たに、そうメールを打つと、友宏へ送信した。
本能の赴くまま生きているような女を一番嫌っていた自分が、本能の赴くままに生きたいと、心のどこかで思っている。
携帯をテーブルに置くと、由理香は、そんな自分に気がついたのであった。そして、それこそが自然で無理のない愛の姿であるような気がした。
一年前までの由理香ならば、休日の昼食は、一人近所の喫茶店でパスタでも食べて済ませていたが、友宏という恋人が出来てからは、なぜか自宅で自炊することが多くなっていた。
毎週末、会えるとは限らない二人。。。それは仕事の都合というだけではなく、互いに自分の友人や親兄弟とのコミュニケーションも大切にしようという、友宏の提案からであった。
そんな不安定で不確実で不定期な危うい繋がりは、二人が会った時、より一層、互いの心身を燃え上がらせるスパイスとなっていた。。。
冷蔵庫の余り物を使って、手早く大好きなチャーハンを作り上げた由理香。テーブルで一人、スプーンを手に食べ始めようとした時、傍らの携帯が点滅し始め、メールの着信を告げた。
由理香はスプーンを置くと、携帯を開き見つめた。
「俺も今、由理香と同じことを考えてた。....俺も会いたい。会いたくて仕方ない。...今すぐ、そこへ迎えに行くからね」
由理香は、そう書かれた友宏からのメールを読み終えると携帯を脇に置き、スプーンでチャーハンに混ざったコーンを一粒すくい上げた。
そのコーンを見つめ、スプーンの上で転がしながら、由理香は呟いた。
「私..もう、友宏から離れられない。...なにがあっても離さないから」
そう呟くと、コーンは由理香のふくよかな唇の奥へと吸い込まれていった。。。。
レースの白いカーテンは、湿気を含んだ温暖な海風に優しくあおられ、いつまでもオーロラのように、そよいでいた。。。
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