ショートストーリー523 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
目と目が合った瞬間、カズトは何かを感じた。彼女は一旦、視線を逸らしたが、また、さり気なくカズトに目を向けた。

彼女のすぐ向こう側には、彼氏と思しき長身の男がいて、もっぱら携帯操作に夢中になっていた。一見遊び人ふうの彼氏と、良家のお嬢さんといった感じで端正な顔立ちをしている彼女。。。

カズトは久々に入ったこのカフェで、トーストされたサンドウィッチを頬張りながら、午後1時からの新規クライアントとの商談まで、時間潰しをしていた。


「俺さぁ~、新しい携帯に変えようと思ってんだよね~~、ほらタッチパネル式のやつ、、スマートフォン。。なぁ、ユミちゃん、いい?、、、ねぇ、買ってもいい?」

彼氏は携帯から彼女へと視線を移すと、彼女の肩に腕を回しながら甘えるような口ぶりで、そう言った。彼女は、慣れっこといった様子で、微笑みながら彼氏の言葉を寛容な態度で受け止めていた。


「あの男...まるで、ヒモじゃねぇーか。。。気色悪いもん見ちまったな。。。あんな男の、どこに惚れちまったんだか、このお嬢さんは。。。」

カズトは、同性として最も苦手なタイプのこの男を横目で見ながら、そう思った。

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カズトは濃いめのブラックコーヒーを飲むと、窓の外に目を移した。北西の風が、歩道の街路樹から一枚、また一枚と木の葉を剥ぎ取ってゆく。舞い落ちる葉は、小さな弧を描きながら車のボンネットに、自転車カゴに、アスファルトの路面に、それぞれ着地していった。


「風まかせ..か。。。懸命になって枝にしがみついても、やがて時期が来れば、離れてゆく運命。。。あまり、こだわり過ぎるのも考えもんだな」

落ち葉たちの姿を、今の自分に置き換えながら、カズトは、そう心で呟いた。。。


残りのフライドチキンを食べながら腕時計を見ると、カズトはアタッシュケースから、商談に使う資料を数枚取り出し、目を通し始めた。


「この案件が上手くいけば、今年度の増収増益は手堅い。。。なんとしても、成功させなければ。。」

資料に記されているリサーチデータを睨みながら、カズトは、そう呟いた。


その時、カズトのすぐ隣に、誰かが静かに座ったような気がした。カズトは資料から視線を外し、隣を見てみると、そこには先ほどの彼女が姿勢よくキョトンと座っていて正面を見つめていた。


カズトとの距離は10cmほど。。。店内を見渡せば、他にも空席は幾つかあり、カズトのすぐ隣に座らなければならない必然性はなかった。


カズトは無言のまま、さっきまで彼女と一緒にいた男の姿を目で探した。さほど広くない店内に、男の姿は見当たらなかった。

「彼女に、おねだりしていた新型携帯でも買いに行ったのかな。。。それにしても、近づき過ぎだろ」

カズトのすぐ隣に座った彼女。。だからと言って、カズトに何かを語りかけてくる様子もなく、ただ呆然と前を見つめていた。


再び資料に目を落とすものの、彼女の存在が気になって集中力を欠いてしまうカズトであった。腕時計の針は、12時50分を指していた。

「もうそろそろ、クライアントが来る時間だ。。。誰かの彼女と同席してちゃ、商談にならないよ。。なんなの?この女...」

初め見た時は好印象だった彼女も、今では仕事の邪魔にしか思えないカズトであった。。。


カズトは渋々、席から立ち上がると、別のテーブル席へと移動した。そして椅子に座ると、彼女のほうへ目をやった。

彼女は前髪をいじりながら、そわそわして落ち着かない仕草を見せ始めた。何度か、カズトのことをチラッと見ては、また窓の外を見たりしていた。カズトは、そんな彼女の心理がよく分からないまま、気を取り直して手元の資料に視線を戻した。


するとカフェのドアが開き、カズトの商談相手が現れた。カズトは立ち上がって合図を送ると、クライアントは笑顔をみせながら、カズトの向かい側の席までやって来た。


お互いに挨拶をし、早速商談に入った時だった。。。カフェのドアが勢いよく開くと、彼女に携帯をねだっていた彼氏らしき男が戻って来た。男は席に座らず、彼女の腕を掴むと強引に立ち上がらせ、先ほどまでとは打って変わり、無愛想かつ高圧的な態度で彼女に言った。


「ユミ!...お前のせいで、大恥かいたじゃねーか!知り合いが店長をしているから、私の名前を言えば更に2割引いてくれるだと!?...お前の言うとおり店員に言ったら、そんなかた存じませんって言われたぞ!...ふざけやがって!」

男は携帯ショップで恥をかいたことに対する怒りを、彼女にぶつけているようであった。彼女の顔に笑みはなく、無抵抗のままであった。


男は彼女を強引に立たせると、レジまで引っ張ってゆき清算をさせ、また彼女の腕を引っ張って、カフェから出て行った。。。


「室山さん...室山さん?」その光景を呆然と見ていたカズトを、クライアントが不思議そうに見つめ、声をかけた。


「あっ、、これは、どうも失礼致しました!」カズトは我に戻ると笑顔を作り、お薦めプランの資料を用いて説明し始めた。


「今、出ていったかた、、、室山さんのお知り合いか、何かですか?」クライアントが心配そうに、そして興味深そうに訊いた。


「いいえ!..なんでもありません..さぁ、お話を進めましょう!」カズトは、気分を入れなおし、笑顔でクライアントにそう言った。



およそ1時間後、商談が無事成立しそうな手応えを感じつつ、クライアントと別れると、カズトは黄昏の歩道を駅に向かって歩きだした。

風は、すでにやんでいて、晩秋の街は穏やかな空気に包まれていた。。。


横断歩道で信号待ちをしていると、向かい側の歩道を仲良く手を繫いで歩いてゆく恋人達の姿が目に入った。

「カフェで見た彼女...彼氏が消えた途端、すぐ俺の隣に座ったのは、、、心の中からSOSを発信していたのかもしれない。。。見ず知らずの俺と目が合っただけなのに、そんな俺に助けを求めていたなんて...俺の考え過ぎかな。。。」


カズトがそう思った時、信号が青に変わり、カズトは横断歩道を渡り始めた。夕暮れの陽射しが作り出す人々の長い影は、それぞれの人が抱えている闇のように、カズトには見えたのだった。。。









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