ショートストーリー522 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
二人にしか理解できない愛。。。誰にも気づかれない愛。。。人目を忍びながら育む愛。。。

純次と京華は、今まさに、そんな愛の中にいた。。。


この広い多様な世界で、お互いに愛し続けることが出来る人と出会うことは、ある意味、奇跡に近いのではないか?いや、奇跡というよりは、縁と呼ぶべきか。。。人為的な力だけでは到底成し得ない「本物の愛」を、二人は最近、実感し始めていた。


純次は関東の、とある街でスポーツジムのインストラクターをしていた。学生時代にバイトとして携わって以来、卒業後も正社員としてジム会員の指導にあたっていた。


そんな純次にとって唯一の息抜きは、週末のバイクツーリングだった。昔から、人とつるむ事が得意でなかった純次は、友人達がカラオケや飲み会に行く中、一人、バイクに明け暮れていた。。。


つまらない男..無口な男..喜怒哀楽が乏しい男..純次を形容する言葉として、周りの者たちは皆、一様にそう口にした。


純次は、そんな言葉に左右されることなく、マイペースな人生を送ってきたのであった。

3年前の夏。。。純次は4日間の夏期休暇を利用して、温泉ツーリングへと出かけた。地図にさえ載っていない名もなき名湯を探す旅であった。


夜も明けきらない早朝、自宅を出発した純次は、高速道を南へと走り続けた。一応、目的地を決めてはいるが、大部分は無計画で行き当たりばったりの気ままな旅であった。


高速道を降りて県道に入ると、遠くにそびえている山脈方面へ向かった。徐々に交通量が減ってゆき、やがて対向車も後続車も見当たらない峠道に入った。

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カーブを一つ曲がるたび、標高が少しずつ高くなってゆく。体重移動をさせて、バイクを右に左に傾けながら、連続するS字カーブを駆け上がってゆくバイク。

周りの景色を、ゆったりと眺める余裕はないが、バイクの醍醐味を存分に味い、充実した気分でライディングを楽しむ純次であった。

やがて峠を下り終えると、開けた盆地のような場所に出た。僅かばかりの民家が肩を寄せ合うように建っていて、民家の前には自給自足ができる程度の小さな田畑が広がっていた。


「こりゃ~、まさにタイムスリップしたような日本の原風景だな。。。コンビニも自販機も信号もない。。」


集落へと通じている未舗装の小道にバイクを停め、純次は景色を見渡しながら、そう呟いた。


すると集落の方向から、人々の声が風にのって聞こえてきた。女性と男性の声が入り混じった、複数の声が幻聴のように聞こえてくる。。。


「村祭りでも、やってるのかな?...行ってみるか」純次は、スロットルをゆっくり回すと、集落のほうへと走りだした。


先ほどの声は、バイクが進むにつれて、だんだんハッキリ聞き取れるようになっていった。


純次は、小高い里山のふもとに人だかりが出来ているのを見つけた。どうやら、そこが声の発信源のようであった。


50mほど手前でバイクを降り、ヘルメットを脱ぐと、純次は人々のほうへと歩き出した。年の頃17、8といった若い男女たちが着物姿で手を繫ぎ、輪になって話し合っているようであった。


やがて若者たちは純次に気がつき、皆話すのをやめて純次を見つめた。。。上下黒のライダースーツに黒いブーツを履いた純次の姿に、唖然としているようであった。


「こんにちは!...みんな、ここで何をしているの?」純次は苦手な笑顔を作りながら、そう声を掛けた。


若者たちは、まるで異星人にでも遭遇したかのように、目を見開き、頬を引きつらせながら純次を見つめ、絶句していた。

「なにか、おかしい。。。初対面で見慣れない格好だからといって、全員が同じように驚いている。。」

純次は異様な空気を感じながら、若者たちを見つめ、そう思った。


純次は、ふと思いついて、上着のポケットから携帯電話を取り出し、皆に見せたのだった。すると若者たちは怪訝そうな表情を浮かべ始めた。

「まさか!...この子達は携帯電話も知らないのか?」純次が心で、そう呟いた時だった。


「今、映画の撮影中なんだよ!...そこの黒尽くめのアンタ!...早くフレームから出て行ってくれ!邪魔!邪魔!」

純次は若者たちの向こう側に映画撮影用のカメラや照明があることに、ようやく気がついたのだった。

若者たちから遠く離れた位置で撮影していた為、気づかなかったのである。


「すいません!」純次は、ようやく状況を把握すると、道の端まで走っていった。すると、また監督らしき男の声が飛んだ。


「そこもカメラに映っちゃうんだよ!..その丘を上がって、あの木より上に行ってくれ!...こっちは、撮影スケジュールが押してるんだよ!早くしてくれ!」


純次は、さらに小走りで丘を駆け上がり、言われたとおりの場所まで登った。その様子を見ていたエキストラの若者たちは思わず吹き出し、笑い始めた。


「俺らしいな。。。はははっ」草むらの影で座りながら、純次は、そう呟いた。純次は撮影の様子を、その場所から暫く見学した後、そのシーンの撮影終了と共に丘を駆け下り、映画スタッフらに再度、頭を下げてお詫びをし、バイクへと向かった。


その時、背後から純次を呼ぶ女性の声が聞こえた。純次は驚いて振り返ると、そこには着物姿の美しい女性が微笑んで立っていた。


「あのう、さっきは不愉快な思いをさせてしまって、すみませんでした。。。旅の途中ですか?。。私、桃木京華と申します。撮影に遭遇したのも、何かのご縁ですし、これ宜しければ持って行ってください」


「桃木京華...マ、、マジですか!?」
純次に声をかけたのは、今をときめく人気映画女優であった。映画スクリーンやテレビの中でしか見た事がない純次憧れの女優であった。


京華から手渡された小さな紙の手さげ袋には、映画会社のノベルティーグッズ数点が入っていた。純次は緊張しながらも、お礼を述べて頭を下げると、京華は右手を差し出して言った。

「この映画、来年の春、公開予定なんです。『あの日々を忘れない』っていうタイトルです。私、村の高校の女教師役で出ていますので、宜しかったらご覧になってくださいね」


「は、はい!勿論です!...絶対に観ます!」純次は完全に舞い上がりながら握手を交わすと、何度も頭を下げて、そう答えた。



その思い出のツーリングから3年経った今、純次の携帯には、京華からのメールが日に数回届き、忙しい合間を縫っては隠密デートをしている二人。。。


華やかなトップ女優と、しがない平凡なインストラクターの恋。。。この異色のカップルが、今も地道に密かに愛を育み続けていることなど、当の二人以外、この世に誰一人として知る者は、いなかった。。。









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