ショートストーリー509 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
沿道には椰子の木々が並び、花壇にはオレンジ色のハイビスカスが咲き乱れている海岸道路。。。まるで南国に来たかのような風景に、アキラは車を停めて暫しの間、見入っていた。


「本当は沖縄やハワイに行きたいけれど、今は、ここでガマン、ガマン...」連休を利用して、アキラは車で片道3時間ほどの場所にある漁村の民宿へと向かっていた。


カモメのつがいが、灰色がかった雲と重なって一瞬姿を消し、再び青空に現れる様子が、一層のどかな雰囲気を演出していた。


アキラが一人旅に出たのは、これで3度目であった。毎回、旅に出るには、それなりの理由があった。失恋、仕事での大ミス、あれやこれやで自暴自棄など。。。


しかし今回の一人旅は、特に理由などなかった。ただ、6畳一間のコンクリート城から無性に飛び出したくなったのである。


てんとう虫のような70年代のワーゲンに乗り、エンジンを労わりながらの小旅行は、アキラを無表情な日常から開放してくれるように思えた。


「暑いなぁ。。。もう9月も終わりだって言うのに。。」車から降りて、歩道のガードレールに腰掛けながら、アキラは呟いた。

刻々と変わる空は次第に青が広がってゆき、灰色交じりの雲は海上に押しやられ、やがて砕けながら消えていった。

$丸次郎「ショートストーリー」

「おじちゃん、どこから来たの?」
そんなアキラの背後から、まだ5歳にも満たないような子供が、アイスキャンディを片手にそう言った。

ニ、三歩後ろには母親らしき女性が微笑んで子供を見つめている。

「おじちゃん、て...そんな歳じゃないんだけどなぁ。。まぁ、坊やから見たら、充分おじちゃんか。。」

アキラは内心そう思いながら、不慣れな笑顔を浮かべ答えた。
「おじちゃんね、東京の近くから来たんだよ。。。そのブーブーに乗って」


「ブーブー?...ママ、、ブーブーって、なーに?」
子供は、アキラが言ったブーブーの意味が分からず、母親のほうに振り向いて訊いた。


「ターちゃん、自動車のことよ。。。」母親は苦笑いをして、そう答えると、アキラの顔を見た。


「せっかく、子供に気を遣ってブーブーって言ったのに。。。普通に、自動車って言えば良かったのか」
少し恥ずかしくなったアキラは、頭をかきながら照れ笑いを浮べた。それは作り笑いではなく、久しぶりの自然な笑顔であった。


「いやぁ~、しっかりしたお子さんですね。。。」アキラは苦し紛れに、母親にそう言うと、母親は笑いを堪えるような仕草を見せながら言った。

「ええ。。母一人、子一人なもんですから。。きっと、逞しく育っているんだと思います。。。」


「あっ、そうなんですか。。なんかすいません。。。」先方が、自ら語ったこととはいえ、余計なことを訊いてしまったような気がして、アキラは謝ったのだった。


「謝らないでください。。。誰かに言いたかっただけですから。。。」母親は笑顔でそう言った後、伏せた瞳に孤独な色を滲ませた。

その時、タイミングよくアキラの腹時計が昼の時報を告げた。。。海風に揺れる椰子の音で、その音は、かき消されたが、アキラは反射的に頬を赤らめていた。


「あのう、、この辺に地元の食材を使った料理を出してくれる食堂とかって、ありますかね?」
アキラは、無意識に下腹を手で摩りながら、母親に訊いた。


「うーん、、この辺だと、この海岸道路を2、3km進んだ左手に、海鮮料理の店があります。手ごろなランチメニューもあるから、そこがいいと思います」

母親は子供の手を握ると、もう一方の手で乱れる髪を押さえながら、そう答えた。


「あっ、そうですか。。じゃぁ、そこへ行ってみます」
そう答えた後、お礼を言って頭を下げると、アキラは路肩に停めたワーゲンに向かって歩き出した。

そしてドアを開けようとした時、サイドミラーに映る母子の姿が、アキラの目に留まった。

子供の両肩に優しく手を置き、親子はアキラを見つめていた。母親と子供の眼差しは、アキラに遠い昔の自分と母の姿を思い出させた。。。



アキラは、一旦ドアにかけた手を離すと、親子のほうに振り返り、大きな声で言った。

「もし、、もし宜しかったら、昼食、ご一緒しませんか?旅は道づれって言いますし。。。」


「ありがとうございます。。でも結構です。。これから、この子とお買い物に行きますので」
アキラの誘いに母親は手を振って断りの仕草を交えながら、笑顔でそう答えた。


「そうですか。。。それじゃ、私は、これで失礼します!...お元気で!..坊や、バイバイ!」

アキラは出来うる限りの笑みを浮かべ、そう言った。母親が、お辞儀をした後、子供が両手を大きく振りながら叫んだ。

「バイバ~イ!...おじちゃん、僕のパパなら良かったのに!」

その言葉を聞いた瞬間、母親とアキラの顔から笑みが消え、二人の視線が真っ直ぐに繫がった。。。


「ターちゃん、そんなこと言わないの!...おじちゃん、困っちゃうでしょ!...もう、すいません、この子、突拍子もないこと言って。。。」

母親は、子供の髪を優しく撫でながら、アキラを見つめ照れくさそうに言った。


「い、いいえ。。。坊やのこと、怒らないであげてください。。坊やの素直な気持ちなんだと思います。。」

アキラは照れながらも真顔で母親を見つめ、そう言った。


アキラは、それ以上言わず、深くお辞儀をするとワーゲンに乗り込んだ。車のキーを回し、エンジンを始動させると、バックミラーに映る親子を見つめ呟いた。


「とにかく、生き抜いてください。。。遠くから見守ってますから」


すっかり晴れ渡り、青一色となった空が、ささやかな出会いと別れを優しく見つめていた。。。








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