ショートストーリー508 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
途方もない枚数の資料を机に積み上げ、カズヤは一人の女の行方を追っていた。。。

ここ「鶴富ヒューマンリサーチ」は、主に失踪者の捜索を極秘に行なう興信所で、失踪者の生存発見率は、94%に達する実績を誇っていた。

関東の地方都市にある目立たない興信所であるが、その噂は瞬く間に広がり、今や全国津々浦々から捜索を希望する人々が集まってくるのだった。


カズヤは、そんな興信所の所長を務めている。5年前に脱サラをして、この会社を立ち上げた時は、わずか2名だった社員も、今では14名にまで増えていた。

$丸次郎「ショートストーリー」

なんらかの事情で、警察に捜索願いを出しづらい人々が、カズヤのもとを訪ねてくる。一刻を争う仕事でもあるゆえに、一人で数名の捜索を掛け持ちする場合も多い。

カズヤは現在、8名の捜索依頼を受けており、ほぼ毎日、会社に寝泊りしながら仕事に明け暮れていた。


午前1時...カップラーメンを啜りながら、失踪者のデータをしらみつぶしに目で追っているカズヤの携帯が、突然鳴った。


「はい、鶴富です。。。おう、純一か。。。なに?岐阜の旅館にいたって?。。。うん、仲居として働いているのか。。。分かった。ひとまず無事で安心したよ。。。明日、面会して依頼者の話を伝えてみてくれ。。また報告頼む」

割り箸を耳の上に載せて、メモを取りながらそう言うと、カズヤは携帯を切って呟いた。

「あとは、依頼者のもとに帰る気があるかどうかだな。。。」


失踪の場合、無事に見つけることが出来ても、捜索依頼者のもとへ戻ろうとしないケースが多い。そもそも彼らは、置かれている現状に危険性、危機感を持ち、失踪しているからであった。


どうしても発見出来そうにない、或いは事件性の強い失踪の場合、鶴富ヒューマンリサーチでは即座に警察へ連絡しているのだが、依頼者の中には、頑なに警察を拒む人も少なからずいた。

そんなケースが、カズヤたちにとっては一番厄介であった。


翌日、一旦家に帰ってシャワーを浴びたカズヤは、録音されている十数件の留守電に耳を澄ました。

その十数件のうち、5件は恋人サヤカからであった。2ヶ月以上、休みなく過ごしているカズヤに、さすがのサヤカも不満を露わにしていた。


「2ヶ月近くも会ってないのは、やっぱりマズイよなぁ。。。でも、仕事は山積してるし。。サヤカ同伴で出張するなんて出来ないし。。」

カズヤはバスタオルで頭髪を拭いながら、恨めしげにカレンダーを見つめ、そう呟いた。


昼、駅前の立ち食い蕎麦屋で月見そばを流し込むと、カズヤは、すぐに依頼者と面談する為、約束の喫茶店に向かった。


「いらっしゃいませ!」

店のドアを開けたカズヤに、ウェイトレスがそう言うや否や、手を挙げて合図する依頼者の姿が、カズヤの目に入った。

白いブラウスにデニムのベストを羽織った30代と思しき女。。。黒髪のロングヘア、色白で細面の顔には大きなサングラスをかけていた。


「お待たせ致しまして、どうもすみません。私、鶴富ヒューマンリサーチ代表、鶴富カズヤと申します」

カズヤが、そう挨拶をすると、女は店内を注意深く見回した後、黙って会釈をした。周りの目を、かなり意識している女の姿を見て、カズヤは、どこかきな臭いものを感じた。


「早速ですが、ご依頼の件、お聞かせ頂けますか?」

こういうタイプの依頼主の場合、話をストレートに簡潔に進めていくことが肝心であると、カズヤは経験上、知っていた。


「実は、、、私の夫が二日前の夕方、いつもの店にパチンコを打ちに行ったきり、帰ってこないんです。。」

その時カズヤには、そう言った女の瞳が、言葉とは裏腹にサングラスの奥でほくそえんだような気がした。

「この二日間、奥様は何をされていましたか?」

カズヤは優しげな口調で、そう訊きながらも、その視線は女のサングラスを射抜き、瞳を捉えていた。


一瞬、ハッとしたかのように、女の細い眉毛がつり上がったのを、カズヤは見逃さなかった。女は唇を強く閉じた後、コップの冷水で口を湿らせ語り始めた。


「まず、その日の夜にパチンコ店に行き、夫の写真を店員に見せて夫の動向を訊きました。でも店員は誰一人、夫らしき人物を見ていないと答えました。。。次に夫の友人や、仲の良い同僚、それに夫方の親類にも電話をして、夫がいないか訊きまくりました」

女は、カズヤの視線から瞳を反らしながら、言葉を選ぶようにそう話した。

「それでも、どこにもいない...と?」
カズヤは、それでも女の瞳を凝視しながら、そう訊いた。


「え、ええ。。。私、どうしたら良いのか分からなくて。。。それで、お宅様にお願いしようと。。」
女は、こめかみに指先を当てて、眉間にしわを寄せながら、そう答えた。


この僅かな会話の中で、カズヤは、この件が女の偽装工作である確立が極めて高いと感じ取ったのであった。具体的な話を聞く前の段階から、すでにカズヤは、女の関与を感じていた。


女との面談を終え、会社に向かう車の中で、カズヤは夕焼け雲を見つめながら、サヤカのことを考えていた。

「サヤカ...もし俺が突然、失踪したら、探してくれるかな?。。。2ヶ月もサヤカを、ほったらかしにしている恋人なんて..探してくれるかな」


喫茶店で面談したサングラスの女にとって、失踪扱いにされてしまった夫は、どんな存在であったのか?...。

サングラスの女と夫の間に、耐え難い何かがあったことだけは、想像に難くなかった。


「俺も気をつけないとな。。。」

カズヤは今週末、久しぶりに休暇をとり、サヤカと共に過ごすことを決めたのであった。









懐かしのヒットナンバー
安全地帯  「消えない夜」