「さっきの電話、本当に友達からなの?」
電話を受けた後、カナコの様子が何となく変わったような気がして、青木は突如、そう尋ねた。
カナコは、テツオの頭を膝枕したまま、何度も何度も愛しそうに撫でていたが、青木のその言葉にピタリと手が止まったのだった。
カナコの唇は、真一文字に固く結ばれ、何かを堪えているようだった。
「いくら幼なじみとはいえ、単なる旅行土産の報告の為に、わざわざ日曜の深夜に電話を掛けてくるだろうか?...」青木は、そう感じたのである。
「青木さん...いったい何をおっしゃりたいのですか?...私が、嘘をついているとでも?」カナコは青木に背を向けたまま、呟くように言った。
「いや...そういう訳ではないんだが、幼なじみからの電話にしては、キミが、あまり嬉しそうに見えなくてさ」
青木が、そう言った途端、カナコは振り向きながら鋭い視線を青木に向け、叫んだ。
「この状況で、明るく、楽しく振舞えますか?!人ひとり、私の部屋で亡くなっているんですよ!他人から見て、たとえどんな男であっても、テツオは、、、テツオは私が愛した男なんです。そのテツオが、亡骸となって私の部屋にいるというのに、悠長に笑って電話なんて出来ますか?!」
わずかに開いたカーテンからこぼれる月明かりが、カナコの円らな瞳に反射していた。。。青木を見つめるその瞳には「誰ひとり、近寄らせない」と言わんばかりの気迫が感じられた。
「ごめん、疑ったりして。。。ただ、カナコ君、キミのことが心配で」そこまで青木が言い掛けた時、カナコは言葉を遮るように話し始めた。
「もういいです。。テツオは、、、きっと、私の元へ帰って来たかったのだと思います。四年前に別れてから、ずっとテツオの心の中に、縒りを戻したい思いがあったのだと私は思います。昨日、テツオと一緒にランチを食べていたら、その思いが強く伝わってきたんです。。。言葉がなくても伝わってきたんです」
二人の姿が、青木には痛々しいほどピュアに映った。「亡くなってしまった男に、生きている俺は負けたのか...」青木は、カナコの姿を見つめながら、心の中で、そう呟いていた。
「青木さん、、私から呼び出しておきながら、こんなことを言うのは大変失礼だってこと、充分に分かっています。。。でも陽が昇るまでは、テツオと二人きりでいたいんです。。。申し訳ないのですが、帰って頂けませんか?」
カナコの口から出た言葉は、青木にとって信じ難いものだった。「あれほど自分を信頼し、頼ってきていたカナコが、今は自分を必要としていない。。。」青木は、年甲斐もなく動揺していた。
「夜が明けたら、どうするつもりなの?」頬に手を当てて、心を落ち着けながら青木は訊いた。
「警察に連絡します。そして、洗いざらい全てを話すつもりです。。。」カナコは、冷静に淡々と、そう答えた。
「でも、間違いなくキミと俺が、、、いや俺は、どうでもいい。キミが疑われることが、私には辛いんだ...」
カナコは、青木のその言葉に、ほんの一瞬だけ頬を緩ませた。。。青木の本性が、垣間見れたような気がしたからであった。。。
「私が意識を取り戻した時、すぐに救急車を呼んでいれば、テツオは助かったかもしれない。。。でも私が呼んだのは救急車ではなく、青木さんだった。。。あの瞬間、私は、かつて愛した男の命よりも、保身を選んだのです。。。それだけでも私は、充分に罪人です。。」
カナコは、わずかに残っているテツオの温もりを腿で感じながら、そう語った。
「まずいんだよなぁ~、そんな事されちゃ。。。この女が、サツにタレこむ前に、こっちは記事にしたいんだよ。。。」
青木は、カナコの横顔を心配そうな表情で見つめながら、腹の中では、そんな思いを、たぎらせているのだった。。。
カナコは、そんな青木の気持ちを読み取ったかのように、声を上げて再び言った。。。
「帰ってください!」
青木は、カナコにそう言われた瞬間、眉間に皺を寄せ、歯ぎしりを噛んだ。そして、すぐに笑顔を作ると、言った。
「分かったよ。。。二人にしか分からない思いもあるだろう。。。私は帰るよ。。いつでも力になるつもりだ。。。何かあったら、すぐ連絡をしてほしい」
青木は、そう言い残すと、ドアを開けて出ていった。。。
テツオと二人きりに戻った部屋で、カナコは、さっき掛かってきた電話のことを思い出していた。。。
電話の相手は幼なじみではなく、実は、タツヤからであった。
「俺が、、俺が、やったんだよ...カナコ...」
タツヤの、その一言が、カナコの耳の奥で、リフレーンのように繰り返し聞えていた。。。。
(次回へ続く)
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