ショートストーリー363 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「長い話なら、お断りだ。今から急用があってな。。。」
ハヤトは駅前の公衆電話から、マリコを急かすように、そう言った。

「じゃぁ、結論を言うわ。。。あなたの実家には行きません。以上」マリコは、そう言うと、さっさと電話を切った。

結婚して半年。売れっ子フリージャーナリストのハヤトは、ひと月のうち、約20日は全国を飛び回っていて、帰宅できるのは一週間ほどだった。

すれ違いの積み重ねが、妻マリコとの間に心の亀裂を生じさせていた。正月、夫婦そろって夫の実家を訪れる予定だったが、マリコは体調不良を理由に「行かない」と、言い出したのだった。

マリコは、都心に構えた新居での暮らしに、なかなか馴染めずにいた。最近では、やや鬱っぽい状態が続いていた。

元々、活発で社交的なタイプではなく、どちらかと言えば一人で本を読んだり、動物を可愛がったりするのが好きなマリコ。買い物や必要な手続きに行く以外は、ほとんど外出しない日々が続いていた。

「あ~、あの日に、、、田舎にいた頃に帰りたい。。。ここは、息が詰まりそう」窓の外は、緑の木々よりも建物が多く見える。その間を碁盤の目のように道が通っている。そんな景色を見ているだけで、マリコの心は、冷たい重圧に押し潰されそうな感じになるのだった。

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リビングの真っ白な壁には、ハヤトが2年連続で受賞したジャーナリスト大賞の賞状が、立派な額縁に入れられて飾ってある。その中に入っている授賞式での誇らしげなハヤトの笑顔。。。その写真を見る度に、言いようのない虚しさと苛立ちが、マリコの体を包み込むのだった。


電話が鳴った。。。マリコは窓を閉めると、親機のモニターを見た。見たことのない電話番号が並んでいる。「誰?またセールスの電話でしょ。。。」そう思ったマリコは、受話器を取らずに無視した。

電話のベルは1分経っても鳴り止まなかった。ベルの音量を最小レベルまで下げても、やはり、ベルの音が気になって仕方がない。とうとう2分経ったが、それでもベルは鳴り続けていた。


「嫌がらせの電話?だったら、番号非通知のはず。。。」マリコは気になって、とうとう受話器を取ったのだった。

「はい。どちら様でしょうか?」

「あ、いらっしゃいましたか!私、弁護士の向井崎と申します。実はこの度、旦那様のほうから弁護費用の見積もりを依頼されておりまして、その件でご相談の電話を差し上げたのですが。。。ご主人様、ご在宅でいらっしゃいますか?」

話を聞いていたマリコは、何のことやら訳が分からなかった。自分たちが離婚調停に入っている訳でもなく、夫から仕事上、トラブルが起きているといった話も聞いていない。。。

「あのう、そういう事でしたら、直接、夫に連絡して頂けませんか?私は、一切分かりませんので」
マリコがそう言うと、弁護士を名乗る男は、あっさりと電話を切った。

「弁護士を頼むような事、私が知る限り、何もないのに....」しばらくの間、マリコは電話の内容について考えていたが、急に疲れが出てきた為、ベッドに横になり、しばらく目を瞑ったのだった。


「今日も予定が長引いちまって、そっちに帰れそうにないんだ。。。また連絡する」昨日の夜、2日ぶりにハヤトから掛かってきた電話の声が、急にマリコの耳元で甦り、聴こえてきた。


「まさか...それなら、それで構わない。。。」マリコは、ふと、ハヤトの影に女の気配を感じた。そして、それに対して動揺することもなく、淡々としている自分の心が不思議に思えた。。。


気が付いた時は、すでに夜の11時を回っていた。こんなに長く眠ったのは久しぶりであった。
マリコは、ベッドから重い体を起こすと、二つ並んだ枕を見つめた。このダブルベッドで二人が共に寝た日は、僅かに数えるほどしかない。

マリコは、頭から何かを吐き出すように大きな溜め息をつくと呟いた。

「覚悟は、できているわ...」


翌日、マリコは街のカルチャーセンターに行き、料理教室の退会届を提出した。その後、区役所に行くと離婚届用紙を受け取ったのだった。

一人分の食事を作る気にもなれず、マリコは、いつもの弁当屋で夕食用の弁当を買った。そして、公園のベンチに座ると、ハヤトの携帯に電話を掛けたのだった。

携帯の呼び出し音が鳴っていても、なぜか途中で切ってしまう最近のハヤト。明らかにマリコからの電話であることを確認後、電源を切っているようだった。。。


携帯の呼び出し音が15回を数えた時、マリコは思った。

「今回も、私からの電話に出ないつもりなのね。。。」マリコが、そう思って携帯を切ろうとした瞬間、珍しくハヤトが出た。

「どうした!?今、忙しいんだよ!」

その冷たく突き放すような言い方は、マリコの儚い期待を充分に裏切るものであった。マリコの心の中で、何かが吹っ切れたような気がした。もうハヤトに対して、なんの未練もなくなったような、そんな気がしたのだった。。。


「いつも忙しいんだね。。。あ、そう言えば、弁護士から電話があったよ。ほんと、いろいろ忙しいね。。。さよなら...」

そう言い終えると、マリコは唇を噛みしめながら携帯の電源を切った。。。。






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