ショートストーリー361 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「後輩のユウコと何かあったの?最近の君とユウコを見ていると、どこか張り合っているように見えるんだけど」
ミカコの恋人シンヤが、心配そうな口ぶりで訊いた。

レースのカーテン越しに射し込んで来る午後の陽射しは、11月にしては暖かかった。
$丸次郎「ショートストーリー」

ミカコは、栞を挟んで文庫本を閉じると、天井に顔を向けて目を瞑った。

「私がユウコと張り合ってる?そんなふうに見えるんだ?...あはははっ、ぜんぜんないよ、そんなこと。ただ、ユウコのほうは、私をどう思っているのか知らないけれど」

3人は部署は異なるが、同じ会社に勤務していた。ミカコとユウコは同じ広報課に所属していて、席も隣り同士であった。


「君は、その若さながら優秀な人材として、他社からヘッドハンティングされて今の会社に来た。だから君のことを良く思わない連中もいるだろう。いわば妬みや、ひがみ感情でね。でもユウコは、そんな子じゃないと思うんだけどな」

ミカコが今の会社に来る以前、ユウコと同じ部署で勤務していたことがあるシンヤが、そう言った。

するとミカコは、目を開けて顔をシンヤに向けると、きつい眼差しで見つめながら言った。
「へぇ~、シンヤは、ユウコの肩を持つわけね?そうよね、今の会社では私よりユウコのほうが、長い付き合いだもんね。。。」

「おい、人聞きの悪い言い方をしないでくれよ。。。別にユウコと付き合っていたわけじゃない。ただの後輩だよ」
シンヤは、少し焦ったような表情を見せながら、そう答えた。


「私ね、ユミコから聞いちゃった。。。」ミカコは、悪戯な目つきでシンヤを見つめながら、そう言った。

「ユミコ?ユミコって、君が前の会社で一緒だった人だろ?その人が、なんで俺のことなんかを?」
さらに、焦りの表情を色濃くしながら、シンヤは訊いた。


「シンヤ、、、とぼけるのが上手くなったよね。ユミコのこと知らないわけないでしょ?白状しなさいよ」
静かな口調ながらも、ミカコの瞳は微動だにせずに、シンヤの定まらない瞳を捉え続けていた。


ユミコとシンヤは、出身大学が同じで、噂によれば学生時代、恋人関係であったらしい。


「ああ、知ってるよ。だけど、もう昔の話だぜ?学生時代の俺のあだ名でも聞いたのか?」シンヤは、わざと誤魔化すように、そう言った。


すると、ミカコは溜め息をつきながら笑い出した。
「あはははっ、ユミコね、、、彼女、実はユウコの義姉だってこと、シンヤ知ってた?」その言葉にシンヤの表情は一変し、笑みが消えた。。。


「シンヤがユウコと、今も密会していることを、ユミコが私に教えてくれたの。ユミコはね、ユウコの兄さんの嫁なのよ。ユウコとは実の姉妹みたいに、すごく仲がいいんだって。ユウコの相談相手にもなってるみたい。それで、ユウコが『今日のデートはね、、、』みたいな感じで、ユミコに電話してくるんだってさ」

シンヤは呆然としたまま、しばらく言葉が出てこなかった。ミカコという彼女がいながら、ユウコとの密会を続けていたことがバレてしまったからである。。。

絶対に、ミカコに知られてはならないユウコとの関係。。。注意に注意を払ってユウコと密会してきたシンヤであったが、まさかミカコと仲の良い、そして自分の元恋人であったユミコが、ユウコの義姉であるなどとは、思いも寄らなかったのである。。。


「あ~あ、、、バレちゃったみたいだな。ユウコと俺の関係。。。あははははっ!ユウコとユミコが義理の姉妹だったなんて、、、悪い冗談みたいな話だな」

逃げ場をなくしたシンヤは、急に開き直った態度を見せると、おどけるような口調で、そう言った。


「最近、私がユウコと張り合っているみたいだって、シンヤ、さっき言ってたけれど、そういう関係を知ってしまったら、ギクシャクするのは当然でしょ?!...あんなに可愛らしい純情そうな顔をしたユウコが、私の恋人と愛し合った翌朝、平然とした顔で『ミカコさん、おはようございます!』なんて笑顔で言うのよ。。。穏かに接することなんて出来ないわよ!」

ミカコは、持っていた文庫本をシンヤに投げつけると、溜め込んだ怒りをぶつけるように言い放った。

するとシンヤは、開き直ったついでに、調子にのってこう言い返したのだった。

「遊びだよ、遊び!俺の彼女はミカコだけだ。ユウコは、俺の、ほんの出来心で手を出しただけなんだよ。。。それをさぁ~、ユウコのほうが、なんか俺にマジになっちゃってさ!。。。もう、ユウコには会わないよ!約束する!」

するとミカコは、キスをするような表情でシンヤの顔に唇を近づけていった。シンヤも、その気になって唇を重ねようとしたその時.....

「バシッ!バシッ!」
油断したシンヤの両頬に、ミカコの素早い往復ビンタが見事に炸裂したのだった。

「甘く見ないでよね!」ミカコの言葉と鋭い視線が、シンヤの不埒な心を射抜いた。

自失呆然となるシンヤと、不敵な笑みを浮べながらも、鋭い視線でシンヤを見つめるミカコ。。。。


3年後、とある新築住宅の表札には、シンヤとミカコの文字が刻まれていた。。。その庭先では、妻主導夫婦の幸せそうな姿があった。。。






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