「少し妬けるけど、君が選んだ人なら仕方がない。。。認めるよ」
10月のオープンカフェテラス。。。プラタナスの葉が涼しげに揺れる下で、マコトは、そう言った。
携帯電話の相手は、マコトと10年来の友人であるリエコであった。。。三十路を3日後に控えた再来月の第2日曜日に、結婚式を挙げることになったと、報告してきたのだった。
リエコの声は、いつになく弾んでいた。声を聞いているだけで、リエコの眩しい笑顔が思い浮かび、マコトも反射的に微笑んでいた。
「じゃぁ、式の詳細については招待状を送った後に、また追って連絡するから!絶対に来てよね!」まるで10代の女の子のようにウキウキした感じで、リエコは言った。
「うん、分かった!とりあえず、おめでとう!...」マコトは、遠くに見えている夕陽を浴びた東京タワーを見つめながら、そう返事をした。。。
やがて、夜の帳が下りて、澄んだ夜空に秋の星座が見え始めた。。。
「こんな大都会でも、まだまだ星が瞬いて見えるんだな...今のリエコの気持ちも、この星空のようにキラキラしてるんだろう。良かったな、リエコ。おめでとう...」
深夜、高層ビルの25階にあるオフィスの窓から、夜空を見上げながらマコトは、そう呟いた。
「ねぇ?なに、物思いに耽ってるのぉ~?」急に背後から女性の声がしたので、マコトは驚いて振り向いた。
「なんだ、ユリア君か...驚かさないでくれよ。。。誰もいないと思ってたから、ビックリしたよ」
マコトは、すぐにホッとした表情に戻ると、そう言った。
ユリアは、マコトが勤務している手芸用品メーカーの社長令嬢である。この春、大学を卒業して入社したばかりだが、半年経った今、すでに総務課長の肩書きを持っているのだった。。。
他の社員たちは、社長令嬢ということで気を使い、課長や、さん付けで彼女を呼ぶのだが、マコトは一貫して他の新人と同じようにユリアを、君づけで呼んでいるのだった。
初めは、そんなマコトに対して反発した態度をとっていたユリアであったが、マコトの真っ直ぐで飾らない態度に、好感を持つようになっていた。。。
「係長、仕事上のお悩みでも、あるんですか?」ユリアは、マコトの隣りに来ると、マコトを見上げて訊いた。
「係長は、止めてくれないか?もう勤務時間外だ。。。それに君は課長なんだから、俺の気分も悪い」
マコトは、窓の外を見つめたまま、そう答えた。
「うふふふっ、鶴ヶ咲さんて真面目~!オフの時ぐらい、もっと弾けてみたらどうですかぁ?。。。なんなら、私、お手伝いしますけど...うふふふ」
悪戯な上目遣いで、マコトをじっと見つめながら、ユリアは囁くように言った。
「君の親父さんが汗水たらして、ここまで大きくした会社。。。将来、君の婿になる男が次期社長になるのかも知れないが、今からそんな気構えじゃ、この業界で残れないぞ」
マコトは、ようやくユリアの顔を見ると、笑み一つ見せずに淡々と言った。
「はぁ~あ、つまんないの!。。。これだから堅物は嫌い。私だって、それぐらいのこと、分かってるつもりよ!。。。そんなふうだから....」
そこまで言い掛けると、ユリアは視線をマコトに向けて黙ってしまった。
「そんなふうだから...その先は?」マコトは、ユリアに背を向けたまま、抑揚のない声で訊いた。
「その先を言ったら、、、きっと鶴ヶ咲さん、怒るから言わない。。。」ユリアは、15才年上のマコトに甘えるような素振りを見せて言った。
するとマコトは、ドア近くのコーヒーメーカーまで歩きながら言った。
「そんなふうだから、、、いつまで経っても、結婚できないんですよ...だろ?」
そう言い終わっても、マコトはユリアを見ようとせずに、紙コップにコーヒーを注いでいた。
「私、そんなことを言おうとした訳じゃないです!...結婚なんて、タイミングや縁だと思っているから...結婚することが、絶対に幸福だとも思わないし...」
ユリアは座っていたデスクから、スクッと立ち上がると、急に真顔になってそう言った。
マコトは、ユリアに入れたコーヒーを手渡すと、傍らに座って夜景を見つめながら言った。
「今日なぁ~、10年来の女友達が、結婚が決まったって、連絡してきたんだ...」
「そうなんですか...おめでとう...て、言いながらも、寂しさが募ったとか?...」ユリアは、マコトの肩についた糸くずを摘んで取り払いながら、そう言った。
「まぁね。。。全く寂しくないと言ったら、嘘になる。。。それまでは気がつかなかったけれど、結婚するって聞いて初めて、俺も、アイツのことが好きだったのかなぁ...て、思ったよ」
マコトは、そう言った後、こんなことまでユリアに話してしまう自分に、少し驚いたのだった。
「鶴ヶ咲さん、なんか可愛い。。。頬が赤くなってる!」ユリアは、マコトの顔を見つめながら、無邪気に微笑んで言った。
「ユリア君、大人を、からかうもんじゃないよ!」マコトは、少しムキになって、そう言った。
すると、ユリアは無邪気な笑顔から一転、神妙な表情でマコトを見つめると、静かな口調で言った。
「私...大人です。鶴ヶ咲さんと同じ、大人ですよ。。。私のこと、大人の女性として見てくれないのですか?」
「ユ、ユリア君...どうしたんだ?そんな真剣な目をして...」マコトは、今までに見た事のないユリアの強く熱い眼差しに、やや動揺しながら言った。
するとユリアは突然、マコトの懐に飛び込み、背中に手を回して抱きついたのだった。
「私、、、私、鶴ヶ咲さんのことが、前から好きだったんです!でも言えなくて!言う機会がなくて!」
思いも寄らないユリアの行動に、マコトは唖然としながら、両手の置き場所に困っていた。。。
その時、マコトの脳裏に、昔、リエコが泣きながらマコトに言った言葉が甦ってきたのだった。
「マコト君!なんで、もっと素直になれないの?!そんなに、私のことが嫌い?!」
この、リエコの言葉を思い出したマコトは、当時、リエコの愛に応えられなかった弱気な自分を、今でも引きずっていることに気がついたのだった。。。。
15歳という歳の差が、マコトの心に幾ばくかの葛藤を生みつつも、マコトは優しくユリアの体を抱きしめたのだった。。。。
心のどこかで、ユリアを愛していた自分に、マコトは今、気がついたのだった。。。。
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