ショートストーリー217 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「ねぇ。。。あなた、まだワカコのことが好きなの?」
エリカが、甘えるような声でサブローに訊いた。


「なにを急に言い出すんだ?今はエリカのことしか考えていないよ」
そう言うと、サブローはエリカの肩を抱き寄せるのだった。


「『今は』ってことは、私といない時は、ワカコのことを思っているんでしょ?嫌よ、そんなの!」
子供のように泣きそうな表情で言うと、エリカはサブローの胸に顔を埋めた。。。


「ワカコのこと、嫌いになれないんだ。。。どうしても好きになってしまう。。。彼女を見つめているとね。。。」
サブローは、まるでエリカを挑発するように、そう言ったのだった。


自分を好いている女の前で、こんな事を平然と言える自分は、男として最低だとサブローは分かっていた。

しかし、今日のサブローは、それぐらいキツイことを言わなければならない状況にあった。


「私、ワカコより若いし、素直だし、優しいよ!」
まるで、子供が大人にPRをするように、エリカは、夢中になってサブローに言った。


「分かっているよ。。。エリカの良さは、充分にね。。。それじゃ、俺、帰るから」
唐突にサブローは、そう言うと、自分の首に回されたエリカの両腕をほどき、立ち上がった。


「なんか、もう会えない気がする。。。もう、ここに来てくれない気がする。。。」
エリカは、泣きそうな顔で座り込んだまま、サブローを見上げて、そう言った。


「女の勘、、、ってやつか?」シャツのボタンを閉じながら、サブローはエリカと視線を合わすことなく、そう言った。。。


エリカは、うつむき黙っていた。。。ただ、泣いていることだけは、サブローにも分かった。

$丸次郎「ショートストーリー」

「また電話するよ。。。いつになるか分からないけれど。。。」
さっきまでのサブローと違い、淡々と素っ気なく、そう言ったのだった。。。


「いいよ。。。電話なんてしないで!バカにしないでよ!もう二度と、ここに来ないで!」
玄関で靴を履こうとしていたサブローを睨みつけながら、エリカが声を上げて言った。。。


「初めてだな。。。エリカが、そんなに怒っている顔を見たのは」
まるで、人ごとのようにサブローがつぶやいた。。。


「これも、持って帰ってよ!」エリカはそう言うと、サブローの歯ブラシとパジャマを、サブロー目がけて投げつけたのだった。


投げつけられて、廊下に散乱したものを黙って拾うサブロー。パジャマを両手に抱えながら、サブローはドアを開けた。


「みっともないから、これに入れて行きなよ!」そう言ってエリカは、手さげ袋をサブローに投げつけたのだった。


「女の家から、パジャマ抱えて出て行く男なんて、いいザマだと思ったけれどね。。。一時でも、私が愛した男だもの。。。最後の温情よ」

そう言い放ったエリカは、今までサブローに見せていた姿とは、まるで別人のように厳しく強かった。。。



サブローは黙って手さげ袋を拾い、パジャマを詰め込んだ。。。

「サンキュー。。。惚れなおしたよ、エリカ。。。」サブローは顔を上げて、エリカにそう言うと、外へ出て行った。


「サブローのバカ!」サブローが出て行ったドアに向かって、座り込んだままのエリカが、そう叫んだ。


サブローは、エリカのマンションの前まで出てくると、エリカの住む部屋を見上げて、つぶやいた。

「ごめんな、エリカ。。。お前とは遊んでいたわけじゃないんだ。真剣だった。。。でも、やっぱり俺には、ワカコしか、ワカコしかいないんだよ。。。」

誰が聞いても、男の都合のいい、勝手な言い訳に過ぎないと、サブローは分かっていた。しかし、どんなにエリカを愛していても、サブローの心からワカコが消え去ることは一時もなかった。


エリカと付き合うことでサブローにとって、いかにワカコの存在が、自分の中で大きな比重を占めていたか、いかにワカコを愛していたのかを、サブローは改めて思い知らされることになったのだった。



「俺、ワカコへの愛は、どうしても止められない。。。ワカコの勝ちだよ。。。」
そうつぶやくと、サブローはマンション駐車場に停めた愛車に乗り込み、霧にかすんだ早朝の街を走り出していった。。。。








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