ショートストーリー207 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「サヤコ、俺のこと、もう嫌になったのか?!教えてくれ!」
トモキは、一向に繋がらない携帯を耳に当てながら、そう叫んだ。


「やはり、遠距離恋愛は難しいものなのか。。。」そうつぶやくトモキの脳裏に、微笑みかけるサヤコの顔が浮かんでは、霧にかすむように消えていった。。。


「俺は、以前と変わらずにサヤコのことが大好きだ。。。でも、その思いがサヤコの胸に届いているかなんて、サヤコ本人にしか分からないもんな。。。」

トモキは最近になって、サヤコとの絆に対して、めっきり自信がなくなっていた。


サヤコの仕事は、最近、特に多忙を極めていた。会社では堅実で、アグレッシブな仕事ぶりから、35歳としては異例の管理職に抜擢されているのだった。


「私ねぇ、、、最近仕事が楽しくて仕方がないの!こういうのを生きがい、って言うのかな。。。トモキは、最近どう?」

2週間前の深夜、少し酔った様子のサヤコが言った、このフレーズがトモキの耳から、今も離れなかった。


鳴らし続けた携帯を、トモキは空を見上げながら切った。。。



5分遅れで鳴る昼の時報が、虚しく響き渡る街の中。。。トモキは、一人取り残されたような感覚に包まれた。


「恋人を、いつまでも諦めきれない男なんて、女々しい。。。」そう思っていたトモキだが、今の自分は、まさに諦めきれない男そのものだった。


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「男も女も星の数ほどいる、、、とは言うけれど、その中で出会うのはごく僅か。そして、その中からお互いに好きになれる相手となると、いったい、どれだけの確率になるのだろう?」

トモキは柄にもなく、そんな理屈っぽいことを思いながら、歩いていた。


「プルルルルルッ~」

その時、トモキの携帯が鳴った。また、いつもの悪友からだろう、と思いながら携帯を取り出してみると、携帯画面にはサヤコの名前が表示されていた。



「え?マジで?!」トモキは、自分の目を疑った。サヤコから連絡が来ることなど、もう有り得ないと諦めかけていたからである。


トモキは、コンビニの手前で立ち止まると、すぐに携帯に出た。

「もしもし、、」


「あっ!トモキ?ごめんね。。。ずっと連絡できなくて。。。ごめんなさい」
電話に出るなり、サヤコは謝り始めた。。。ただ、ひたすらに謝っていた。。。


「あ、うん。。。別にいいよ。。。仕事、忙しかったんだろ?お疲れさん!」
トモキは、出来るだけ優しく明るく、サヤコに語りかけるのだった。


「うん、確かに仕事は忙しいのだけれど、、、でも、それは理由にはならないよね」

そう言うサヤコの声が沈んでいた。その言葉は、トモキが言うには、きつくなる。そして、サヤコが言うには、重くなる言葉であった。



半月の間、連絡もしてこなければ、こちらからの電話にも出ない。。。少なくともトモキには「終った」と、思える恋であった。。。


しかし、今になってサヤコのほうから電話をかけてきたのは、なぜなのか?


サヤコの心に、どんな変化があったのかを、トモキはストレートに訊きたかった。


「別れの電話なら、それでも構わない。。。互いの連絡が途絶え始めて、徐々に、うやむやに消えていくような恋より、ハッキリと言われたほうが、ずっといい。。。」

トモキは、携帯を握り締めながら、そう思っていた。。。。



「で、サヤコは元気なの?ずっと心配だったんだ。。。疲れ果ててしまっていないか?って。。。」


「ありがとぅ。。。私は大丈夫。。。仕事も、コツがつかめてきたし。。。」


二人は、お互いの心の中を深く探らないように、、、という雰囲気の会話で終始した。

それは、今の二人にとって、暗黙の了承のようでもあった。。。



5年前のトモキだったら、きっとサヤコを強く責めていたに違いない。。。しかし今は、サヤコにどんな非があったとしても、それを深く包みこむことが出来るようになっていた。


結局、サヤコの口からは最後まで、別れの言葉は出てこなかった。。。それは、トモキの口から別れの言葉を言わせようとするような、狡猾さや、巧妙さからでもなかった。



「なぁ、サヤコ。。。仕事が、ひと段落したら、教えてくれないかな。。。俺、そっちに会いに行きたいんだ。。。サヤコの好きなテニスの試合、一緒に観に行かないか?」


「うん!分かった。。。今週中には仕事の目途もつくと思うから、連絡するね!。。。楽しみだなぁ!」

ようやくサヤコの声が、活き活きとしてきたのだった。



「それじゃ、サヤコ、またね!、、、電話、、、ありがとう」


「うん!私のほうこそ。。。ありがとぅ。。。」


サヤコが切るのを確認して、トモキは、ゆっくりと携帯を切った。



「恋人であるか、ないか。。。という形よりも、心が繋がっているか、いないか。ということが、何よりも大切な気がする。。。この同じ空の下にサヤコと俺は、いるんだ。。。」

青空を、ゆっくりと流れて行く雲を見つめながら、トモキは、そう思った。。。。










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