ショートストーリー206 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「誰が、なんて言おうと、ミズキさんはミズキさんの信じる道を進めばいいんじゃないですか?」

マサシは、落ち込んだ表情のミズキに水割りを差し出すと、そう言った。。。。


繁華街から外れた名もなき路地裏に、ひっそりと佇む小さなバー。マサシは、そのバーで、たった一人の従業員であり、店主でもある。


一応、バーではあるが、お客の要望に応じて、日本酒や酎ハイなども出しているのだった。

もう、かれこれオープンから5年が経つが、いまだに数名の常連客しかやって来ないという、少し変わったバーであった。



その貴重な常連客の一人が、ファッションモデルのミズキであった。ミズキがモデルとして活躍していた全盛期と、このバーのオープン時期が同じ頃であった。

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それからの5年の歳月の間に、ミズキのモデルとしての仕事も下降気味になっていた。。。。



「ねぇ~、、、マスターってさぁ、、、女のこと、本当は良く知らないでしょ?ね?」
酎ハイや、日本酒、カクテルなどを立て続けに飲み干していたミズキは、気心の知れたマサシに絡むように訊いた。



「ミズキさん、今日はペースが速すぎですよ。いつものミズキさんらしくないな。。。」
心配そうな表情で、マサシが答えた。



「本当は、内心笑っているんでしょ?ね?30過ぎた落ち目のモデルが、愚痴りながら一人酒なんてって!そうでしょ?」
酔いが回ったミズキの目つきが、だんだんと鋭くなってきた。



マサシは、そんなミズキに、「何を言ってあげればいいのか?」と考えながら、グラスを拭いていた。


「ミズキさんには、俺がそんな嫌な男に見えているんですか?苦しんでいるお客さんを、小バカにするような男に。。。俺は、、商売抜きで、ミズキさんのことが心配なんですよ」


普段は口数の少ないマサシも、この時は、真剣な顔でミズキに語ったのだった。。。



ロングヘアをかきあげて、水割りをがぶ飲みするミズキ。。。自分に対する苛立ちと、マサシの言葉に対する気恥ずかしさ、くすぐったさが、ミズキには心地悪かった。



「あはははっ(笑)、マスターって、つまんない男。。。あーぁ、お酒がマズくなっちゃった。。。」
マサシと目を合わせずに、笑みを浮べながら吐き捨てるようにミズキが言った。



5人ほどしか座れないカウンターだけのバーで、マサシとミズキは、この5年間、幾度となく向かい合って言葉を交わしてきた。。。。



喜んで仕事の報告をするミズキ。。。失恋して泣いていたミズキ。。。世間話から人生論まで、多種多様な話を、ミズキは話し、マサシは受け止めてきた。。。



今夜のミズキは、本当のミズキではないことを、マサシは分かっていたのだった。そして、ミズキが、どんなに辛い気持ちでいるのか、ということも。。。



「もう、辞めちゃおうかな。。。モデル。。。私、なんでこの業界にしがみ付いているのか、最近分からなくなってきちゃった。。。」

急に、我に戻ったように、ミズキがつぶやいた。手にしたグラスを見つめるその瞳は、どことなく哀しい光を放っていた。



ミズキが高校生の頃から、今までずっと、モデルの仕事を続けてこられたのも、彼女の天性の魅力と、たゆまぬ努力、そして多くの関係者やスタッフの協力があってのものだった。


しかし、時代の波は確実に、世代交代という現実を、ミズキに突きつけていた。。。。



「俺ね、自分から白旗揚げるの嫌いなんですよ。。。ほら、この赤字続きの店だって、普通の人間なら、とっくに店をたたんでいると思います。。。でもね、こんな店でも、ミズキさんみたいに、ずっと愛してくれている人がいると思うと、絶対やめるもんか!、、、って、思えてくるんです。。。一人でも、この店を愛してくれる人がいたら、俺、頑張れるんです。。。俺って、バカなんですかね?」


今のミズキに対して言える事を、シャイなマサシは、とつとつと語った。



しばらくの間、小さな店内に静寂が訪れた。。。ミズキはグラスに残っていた水割りを、一息に飲み干すと、マサシを見つめた。。。


マサシはミズキの視線を感じて、手元のグラスからミズキの顔へと、視線を上げた。



すると、マサシが口を開いた。
「お、俺、、、実は、ミズキさんのこと」


マサシが、そこまで言った時だった。ミズキは、マサシを見つめたまま言った。
「それ以上、言わないで。。。お願い。。。今日は、今日は、飲みすぎちゃったから、帰るわ。。。」



マサシは、自分の胸の鼓動が聞こえるのを感じた。


「はい!今日は愚痴を聞いてもらっちゃったし、マスターに失礼なことも言っちゃったから」
ミズキは、そう言うと、カウンターに飲み代以上の金額である一万円札を置いて、ドアに向かった。



「すいません、ありがとうございます。。。」マサシは、申し訳なさそうにミズキに言った。



ミズキは、ドアを開けて店を出て行く間際に、マサシのほうを振り向くと笑顔で言った。

「白旗、揚げるの、、、もう少し先にするわ。。。少なくとも、マスター、、ううん、マサシが応援してくれているんだし。。。それじゃ、おやすみなさい!」


ミズキは、そういい残すと真夜中の街へと消えていった。。。。




「まだまだ、ミズキならモデルとしてやっていけるさ。。。負けんなよ、俺がついてる」
一人残された店内で、マサシは煙草に火をつけながら、心で、そうつぶやいた。。。。









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