食事改善ダイエット中のあやのです。

 

 

 

今回は、『どん底時代 第三章』について紹介していっちゃいます。

 

 

 

前回の『どん底時代  第一章、第二章』

見てくれましたかーーーー

 

 

見てない方は、私のどん底を見てやってください。

 

 

 

ではでは、第三章はじめっちゃいまーーーす

 

 

 

 

メンタルコーチをつけた私は

とにかく自分と向き合い続けた。

 

 

弱い自分と向き合うのは悔しいし苦しかった。

でも、向き合わないと変われないと思い向き合い続けた。

 

 

 

 

私は、決めた。

今まで我慢してやりたくてもやれなかったことをやる旅に出る。

 

 

 

2021年7月31日 26歳

1年4カ月続けた会社を退社

 

 

 

とにかく行きたかった場所に旅行しまくった。

行きたかった場所に行っても何もワクワクすることはなかった。

 

 

 

とにかくずっとモヤモヤしていた。

私が今解決したいのは、何で起業していいか。

何で人のために貢献できるか。

 

 

それが知りたかった。

 

 

 

お金につきた私は、

ずっと働きたかった場所で働くことにした。

私はゴルフが好きで、プロゴルファーの上田桃子プロが大好き

 

 

 

上田桃子プロが通う練習場で働きたい。

そうすれば、上田桃子プロに逢え上田桃子プロの練習風景も見れる。

 

 

そう思った私は、即求人を見て応募ボタンを押していた。

 

 

 

面接が終わり働けることが決まった。

こんなワクワクすることって久々だった。

 

 

初めて上田桃子プロに会えたときはドキドキが止まらなかった。

お話しすることもでき、サインもいただき、練習風景も見ることもできた。

 

 

ここの練習場には他にもたくさんのプロが通っていて

たくさんのプロに会うことができた。

 

 

ゴルフ好きにはたまらなかった。

 

 

 

その合間にゴルフのキャディの仕事も始めた。

終わったあとに練習ができ最高な環境だった。

 

 

ゴルフ好きには最高な生活だった。

 

 

 

私は、昔から好きな仕事だけでアルバイトを掛け持ちしてみたいと思ったことがある。

それが叶っているーーーーって思った。

 

 

 

 

また、違う悩みが...

 

 

あれだけ、たくさんのプロに会えるのが楽しかったのに

いつしか、ワクワクもなくなっていた。

 

 

上田桃子プロに会えるからアルバイトを始めたが

目標が達成してしまい仕事するモチベーションがなくなってしまった。

 

 

 

キャディの仕事が楽しくなりキャディの仕事を一本にすることにした。

 

 

 

そのかたわら、常に起業の事は頭にあった。

何で起業しようか。

 

 

 

メンタルコーチにお世話になったこともあり

メンタルコーチの仕事に興味を持った。

 

 

調べていくとスポーツメンタルコーチという職業があることを知った。

私は、スポーツが好きだし、なんだか、面白うそうと思った。

 

 

 

そんな私は、資格受講を決めた。

行動力はピカイチだと思う。

 

 

 

2021年10月から12月の3カ月間で資格を受講した。

 

 

 

資格を取得した私は、2022年1月から本格的に活動を始めた。

 

 

 

しかし…

 

 

『自己紹介 どん底時代 第四章』に続く

 

 

 

 

 

 

 

食事改善ダイエット中のあやのです。

 

 

 

今回は私の自己紹介『どん底時代 第二章』

をお届けします。

 

 

 

前回の『どん底時代 第一章』

見てくれましたかーーーー?

 

 

見てない人は、私のどん底経験を

語っているので見てやってくだい!

 

 

 

 

 

ではでは、まいりまーーーーす。

 

 

 

会社員生活に戻った私は、大企業時代と同じ生活に戻った。

やっぱり私は、こっちの生活のが向いているのだと思った。

 

 

 

半年が経った

 

 

 

 

私が働いていた会社にはフィリピン人がたくさん働いていた。

いわゆる、出稼ぎってやつ。

20前後に子供を産み、子供と旦那さんをおいて日本に働きにきていた人がたくさん。

他にも、お金を稼ぐために日本に来ていた。

 

 

 

 

なんてかっこいいんだ。と思った。

 

 

みんなそれぞれ夢があった。

「子供のために頑張るんだ!」

「帰ったら、日本語や英語を教える先生になるんだ!」

「いっぱい働いて、お母さんに大きい家をプレゼントするんだ!」

 

 

 

みんな目が輝いていた。

 

 

 

そのとき私は思った。

私は何をしているんだ!と

心がはっ!となった

 

 

 

そのフィリピン人達に夢は何とよく聞かれることがあった

 

私は考えることもせず『社長』と答えている自分がいた。

 

 

 

私はまだ夢を諦めていない自分がいた。

 

 

 

 

でも、私は何をしたらいいかわからない。

もぉ、どうしていいかわからなくなっていた。

 

 

何に貢献できるのか?

 

 

 

もぉ半分鬱状態(笑)

 

 

 

一歩が進めない私は起業塾にはいりメンタルコーチをつけることにした。

 

 

 

どん底時代  第三章  に続く

 

 

 

食事改善ダイエット中のあやのです。

 

 

今回は私の自己紹介 『どん底時代 第一章』 について

ではでは~~~

 

 

興味ないわーっていわず聞いてやってください!

 

 

いつしか『起業』し

・誰かのために働きたい

・たくさんの人に背中を押せる人間になりたい

 

 

 

そう思うようになり

 

将来の不安を抱き7年勤めた大企業を退社

 

 

とにかく不安がいっぱいで怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

でも、何をしていいか分らなかった。

資格もない、経験もない。

 

 

 

そんなとき思いついたのはパーソナルトレーナー

 

 

そのとき、筋トレにはまっていて

-12㌔の減量に成功し体脂肪率12%の身体をつくったから

 

 

 

 

パーソナルトレーナーになろうと決め求人を見ているときに

『健康寿命』という言葉に出会った

 

 

 

『健康寿命』とは

医療、介護に依存しないで、自分の力で生活できる期間

 

 

日本の女性の平均寿命が87.45歳、健康寿命が75.38歳

それって12.06歳介護や寝たきりの状態ってことになる。

 

 

 

それを聞いて驚いた。

病気や怪我になる最初の病気が生活習慣病からと知った。

生活習慣病は、日頃の食べ物、日頃の生活、日頃の運動が原因。

 

 

 

私はもっと勉強して

いつまでも自分の足で歩き

やりたいことを何歳になってもできる人を増えしたい。

 

 

 

私がやりたいのはこれだ!!と思い

健康寿命に力を入れている整骨院で働くことを決めた。

 

 

 

 

しかし、いざ入ってみると

柔道整復師、理学療法士など国家資格を持っている人ばかり

 

 

 

話していることがちんぷんかんぷん。

 

 

私は場違いのところにきてしまった。

 

 

 

 

私の夢はそんなものだったのか。

 

 

 

 

そんな私は1週間でそこの整骨院から逃げた。

しかも無断で。

 

 

 

 

逃げたときは身体が勝手に動いた。

一日が経ち現実に戻された。

 

 

 

私は何で大企業を辞めて新しい一歩を踏み出したんだ。

何してんだよ。私。悔しくて悔しくてたまらなかった。

今まで学生生活でどんだけ苦しいことがあっても続けられた。

 

 

なのになんでなんだ。

自分を責め続けた。

 

 

 

そのまま一週間が経った。

失業手当をもらい次の事について考える期間した。

 

 

 

私が出した決断は、また、会社員にもどることだった。

私には、『起業』なんかむいていないんだ。

 

 

 

『どん底時代 第二章』に続く

 

 

 

食事改善ダイエット中のあやのです。

 

 

今回は私の自己紹介 『大企業に入社編』

では、では、いっちゃいまーーす

 

 

 

もともと勉強嫌いな私は『大学』という頭はなく

将来やりたいこともなく大企業に入れば安定やーーー

 

 

と思い誰もが知るキヤノンに入社!

 

 

 

周りの友達と比べても給料、ボーナスは平均以上に貰え

自分のお金で好きなものが買える喜知った私

 

 

 

ボーナス入った次の日に1日で50万円を使ったり

同時ブランドものが大好きだったため

身につける物すべてブランド物でした。

 

 

 

とにかく多趣味で飽き性のためスノボー、ゴルフ、バイク、車に何でも手を出しました。

カタチから入る私は、始める前から道具にお金をかけてきました。

 

 

車も2年おきに乗り換えるほどです。

 

 

とにかく金銭感覚がなくお金遣いのの荒さはすさまじかったです。

 

 

 

 

入社して4年が経ち、

私はこのまま定年までここにいるのか?

嫌々土日のために働き一生を終えるのか?

 

 

どこか不安を覚えるようになりました。

 

 

 

将来の安定のために入った大企業だったはずなのに…

 

 

 

でも、大企業を手放すことは怖かった。

大企業に入社でき両親が喜んでくれた事がうれしくて

辞めることができなかった。

 

 

 

ずるずる不安を覚えてから1年が過ぎていきました。

 

 

 

その間にたくさんの副業を始め

一つの会社、働き方しか知らなかった私は

世の中にはたくさんの仕事の数、会社があることを知った。

 

 

 

いつしか漠然と私は

「誰かのために貢献する『社長』になる」

と思うようになりました。

 

 

 

 

会社を辞めることを決意!

 

 

正直めちゃくちゃ怖かった。

約7年、定年以外で辞める人がいなかったし

大企業をやめて本当に大丈夫なのか

親にも迷惑をかけてしまう。

 

 

 

でも、決めた道を正解にしなくだけ。

 

 

 

2019年12月31日 25歳

キヤノン会社の退社

 

 

 

 

ここから、私にとってどん底人生がまっていた

 

 

次に続く

 

 

 

ダイエット中のあやのです。

 

 

今回は私の自己紹介 『空手道人生』について

話していきます。

 

 

ではでは、Let`Gooooooo

 

 

 

 

私は小学校3年生から22歳

約13年間空手を続けてきました。

 

 

 

友達の紹介で始めた空手!

初めは全く楽しいと思えなかったけれど

いつのまにか熱中していました。

 

 

 

小学校中学校と

団体競技では全国大会に出場することができても

なかなか個人でも勝つことができませんでした。

いつも3位か4位ばかり...

 

 

 

私が個人で勝てるようになったのは

高校3年!もぉ引退間近の時!

 

 

国体予選で初めて個人で決勝に行き準優勝し

国体に出場することができなかったけど、

初めて個人で関東大会に出場することができすっごく嬉しかった

 

 

いまでもその試合は鮮明におぼえています。

 

 

 

そのあとは、実業団にはいりました。

 

 

 

仕事のあとに練習しとにかく勝ちたい

その気持ちだけで練習しました。

 

 

私は、なにをしてもセンスがなく

人の倍努力しないと人並みに追いつけなく

人の倍以上努力しないと追い越すことができない。

 

 

それがわかっていたのでとにかく努力した。

 

 

 

この大会で最後にしようと思っていた

最後の実業団の試合(東日本実業団)で

3位に入ることができました。

 

 

東京五輪選手がたくさん出場していた大会で

この成績を上げることができたことは

本当に嬉しかった!

 

 

 

コツコツ努力し続ければ必ず成果を上げることができることを教えてくれました。

 

 

 

私にとって空手は、

私を成長させてくれたものです。

 

 

 

空手に出会えて本当によかった。

 

 

 

今までにないくらい語ってしまいました。

 

 

私の自己満で終わってしまいました。

 

 

みんなは、何か、熱中したことはありますか?

みんなどんなことに頑張ってきたか知りたいなー