この世界には、自分と比較して、全てに優さる人間が僅かに存在する。

転勤命令で愛媛県から京都営業所に配属された時のN所長が、その人である。

私が衝撃を受けたその理由は、愛媛県の田舎から転勤して来た私に、KF大学と機関病院である2病院を担当させた事である。

私を全く知らない彼に、何故こんな重大な決断が出来たのであろう。

この3病院は営業所にとって、主力病院で失敗は絶対に許されない。

私はその時はまだ未知数の人間である。私に賭けたのか、あるいは、私の潜在能力を見抜いたのか解らない。私にとっては二度と訪れる事のない最大のチャンスであった。

兎に角、彼を失望させ無い様に、家庭を忘れる程死に物狂いで仕事に没頭した。

その結果、彼を満足させる事の出来るに充分な実績を上げる事が出来た。私自身も素晴らしい評価を貰った。

この時上司が部下に対して、一瞬にしてその潜在能力を見極め、活用する事の出来る能力を養う事が如何に重要かを知った。

彼の魅力はそれだけではない。話術も素晴らしいが、彼が構築している人間関係も社内外に多くいる。何人もの医師と友達として付き合っている。全く信じられない。

一方、彼の私生活も羨むだけである。京都の鳴滝に大きな邸宅があり、一度招待され伺った事があるが、250坪の敷地に、日本庭園があり、お茶室まであるのに驚いた。

乗っている車は高級車のセドリックで、優雅に乗り回していた。

ゴルフのハンディはシングルと私とは月とスッポン位の差があった。

50年前の忘れる事の出来ない強烈な思い出である。

彼はその後重役まで昇進し退職された。退職後もその能力は遺憾なく発揮された。直ぐに大きな病院の前に調剤薬局を3店舗開設して地域に貢献されていた。

残念ながら彼は83歳で亡くなった。私の歳も死亡した彼に近づいてきた。

私が彼に優るものがあるとすれば、彼より長く生きれる可能性がある事位しかない。理想の先輩に追いつくのは寿命だけかも知れないが、何か一つぐらい追いつきたいと本当に思っています。