『歳を重ねることには、老いと孤独の問題が付きまといます。

五木寛之氏は63歳位で、唯一の道楽だった車の運転を諦めました。自分の身体条件を冷静に観察し、運動神経や動体視力が落ちて、身体各部の動きが緩慢になったと判断したからです。

いま、高齢者の痛ましい交通事故が相次いでいます。健康に個人差がありますが、自分のためにも周囲の人のためにも、自分の状態を今一度考えてみてはと思います。

そして、楽しむべき「孤独」とは、「孤立」ではなく、人の輪に加わりつつ、自身の個性や独立心をうしなわないことです。

「和して同ぜず」で、ボランティアや句会、民謡、多くの人の輪に加わり楽しめばいい。まずは、人に和して、あとは「一億一心」ではなくて「一億一億心」でいいのです。

下山の人生は、極める人生でもあります。例えば健康。自分の身体感覚を育て、楽しみながら養生してはどうでしょう。体が発する声や感覚に耳を澄まし、身体感覚を磨き上げる。

風呂の温度、時間の感覚、自分の体重、そうした身の回りのことを察知する能力を極めるのは、お金もかかりませんし面白いものです。若い人たちには体力で劣っても、知力では劣っていないという自信も生まれます。

下山の楽しみは無限にあります。いざその世界に入ってみると寂しいどころか、とても面白いものです。音楽でも、聴いて楽しむだけでなく、歌や演奏、作詞に参加してみては。

生まれた瞬間から人は老いていきます。人は下山する過程で間違った認識を持っています。登りには積極的でも下山には寂しい事後処理のような錯覚があるようです。

下山にこそ、登山のハーベストタイムであり、人生のハーベストタイムです。』

これまで長い間時間をかけてまいてきた種が実を結び、その成果や豊かさを人生で回収・享受する時期と捉え、この時期を豊かに過ごし良い収穫をしたいと私も考えています。

蓄えてきたエネルギーや資産を、自分の知的好奇心や心地よさのために使いたいと思っています。