井伊谷(いいのや) | 投資 播種 目を出せ! 植木屋のブログ

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大河ドラマ「女城主直虎」、徳川四天王「井伊直政」ゆかりの地。

浜松市地域遺産センター 入館無料

駐車場、資料はここ。

 

裏手の坂道を登れば「井伊谷城(いいのやじょう)

急峻な山頂に土塁を巡らせただけの城です。

大手 虎口

井の宮石陵

 

井伊谷城から「三岳山(467m)」

山頂の三岳城が詰城となる。

暦応2年(1339年)井伊道政は後醍醐天皇の皇子宗良親王とともに三岳城に籠もり、南朝方の拠点となる。

暦応3年(1340年)北朝方の高師泰・仁木義長らによって三岳城は落城。

 

永正11年(1514年)大河内貞綱が尾張斯波義達と結んで反今川の兵を挙げたとき、井伊直盛はこれに呼応。

三岳城に籠もったが、今川氏の武将朝比奈泰以の猛攻を受けて落城し奥山城へ逃れ後に今川氏に降った。

 

浜名湖によって狭まった陸の要衝となる井伊谷の悲哀ですね。

 

至徳2年(1385年)宗良親王が井伊谷で亡くなったあと、三宅神社で葬送の儀式が行なわれ、その際、宗良親王の尊霊を合祀。

二つの神霊を祀るようになったため、『二宮神社』と改称された。

 

脇には小野政次但馬守(井伊家筆頭家老)をまつる

但馬神社

ドラマでは高橋一生さんが好演。

井伊谷を専横したのは34日間、徳川に攻め込まれ子供二人とともに処刑される。

逆臣なれど祟りを恐れる。(永禄11年 1568年の事)

 

小野但馬守 終焉の地

 

 

足切観音堂

延元4(1339)年、井伊道政と共に南朝方として戦っていた宗良親王は敵の流れ矢を受け落馬しましたが、不思議なことに傷は消え跡もありませんでした。
親王はその夜、観音様の夢を見たのでこれは、早速参拝し、厨子の扉を開けて見ると観音様の片足は鮮血に染まり痛々しいお姿でした。

これは自分の身代わりとなって立っておられると、終生の守り本尊として祈願したと伝えられています。
武田軍の侵攻による戦火で本尊を残し焼失してしまいました。
龍潭寺十代独兒黙念(どくじもくねん)和尚は、慶安2(1649)年観音堂を再建し中興の祖とされております。

 

井殿の塚

井伊家の筆頭家老 小野道高は直満のことを嫌っていたとされ、直親が家督を継ぐことを阻止しようと、今川義元に「直満、直義の兄弟に謀叛の企みあり」と讒(ざん)言。義元は、2人を自害させ、幼い亀之丞の命も狙います。
井伊家の兄弟の無念の死をいたみ、供養のため、井伊谷城の居館敷地に塚を築き、遺骨を納めて塔を建て、一本の松を植えました。

以来これを『井殿の塚』と称し、香華を絶やさなかったといわれています。

 

この付近一帯は「井伊氏居館跡」公民館前の看板

2018年11月27日(火)登城