兵庫県洲本市山手
国指定史跡 132m平山城
室町時代後期に安宅氏によって築かれ、 天正9年(1581年)安宅氏は羽柴秀吉に破れ降伏。
天正10年(1582年)仙石秀久が城主となる。
天正13年(1585年)脇坂安治が城主となり大改修した。
大坂夏の陣後はその功により阿波徳島の蜂須賀氏に加増され重臣の稲田氏が城代となる。
洲本城の模擬天守は、四層四階の層塔型となっています。
模擬天守としては日本で最古。昭和4年(1928)
洲本八景
芝右衛門大明神
「芝右衛門狸」は洲本城 三熊山の頂上に、妻のお増(おます)と共に住み、月夜にはよく陽気に腹鼓を打っていた。
人間に化けて木の葉を金に見せかけて買物をするような悪戯も働いたが、その一方では酔って山中に迷い込んだ人間を案内したりと親切な行ないもしていたので、誰からも憎まれず、彼らの住処に礼として一升徳利を収めた。
大人気の芝居があると聞き、お増と共に人間に化けて大阪へ渡るが、犬が襲われ芝右衛門はタヌキの姿に戻ってしまい、犬を連れた人々に追い回され、遂には頭を殴られて命を落とした。
淡路には大阪で化け狸が殺された噂が届き、芝右衛門の腹鼓が聞こえないことから、彼が殺されたとわかり、人々は口々に彼の死を惜しんという。
芝居好きであった芝右衛門の伝説から、今なお芸能人の参拝が多いという。
かつては中座(道頓堀)の奈落に祀られていた「柴右衛門大明神」も2000年に「里帰り」し、現在は洲本八幡神社に祀られている。
本丸下の巨石を屋根にした八王子社
熊野水軍の安宅治興が洲本城を構築する際に勧進した。(1526)
東二の門 跡
東の丸 二段郭
整備が行き届いていないが見所が有ります。
洲本城の山頂部にある大手門跡脇(馬屋曲輪跡)が、約20台の無料駐車場となっています。
2018年10月30日(火) 登城










