室町時代後期に田村氏によって築かれたと云われる。
田村氏は淡路国一宮伊弉諾神宮の祭主家としてここに土着したという。
戦国時代は三好氏に従い、天正10年(1572年)羽柴秀吉の淡路平定により滅亡したという。
群家城は伊弉諾神宮の南東にあり、群家川にその支流が合流する地点の南側にある丘陵に築かれている。
群家川と河合川の合流点の橋の袂に車を停め、
川に沿って南に向かう。
橋を渡れば城域なのだが、草に覆われ通行出来きずに戻る。
川の反対側の土手道を進むと、城のある丘陵を過ぎたあたりに橋が架かっており水田地になる。
丘陵に登る道はあるが、10mほど登った先には水田が有り、先は藪。
車を停めた橋に戻り、東側に民家が数件あり、橋が架かっているのを地図で確認し行ってみるが、
廃屋が多く、城に向かうであろう道は藪で閉ざされてた。
2018年10月30日(火) 訪問



