最近、マンションの建設現場から、幻の「伏見城指月城」が発掘されて世間の耳目を集めたのは記憶に新しい。
最初の、伏見城は秀吉が最初に作った伏見指月城は地震で倒壊。
近くの木幡山に伏見城を再建するが、完成後一年余りで城内で没する。
「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」
秀吉の伏見城は「関ヶ原の戦い」の前哨戦「伏見の戦い」で家康の将「鳥居元忠」が捨て石になり西軍に攻められ落城。
関ヶ原の戦いの後に徳川家康が再建。
瓦は豊臣家の桐紋が使われた。
徳川に将軍宣下が執り行われ、その後完全な廃城となるが、
家康は征夷大将軍就任後、江戸城と伏見城を行き来し、在城期間を累計すると伏見城のほうが多いと言われ、
江戸幕府も初期は「伏見幕府」といってよい程、初期段階の徳川幕府に於ける伏見城の重要性を指摘している。
徳川に将軍宣下が執り行われ、その後完全な廃城となるが、
伏見城の天守は二条城に、また多くの建物は福山城・淀城に吸収され移築された。
大天守と小天守を備えた、壮麗な模擬天守

京都からは京阪電車で「伏見桃山」210円

すぐに「御香宮」の門前です。
幕末の「鳥羽・伏見の戦い」はこの界隈の通りを挟んで、
薩摩軍や新撰組などが戦いの火蓋を切った場所らしいです。
さらには、福島政則の屋敷があり、
日本一の槍を飲み干したのは母里太兵衛を讃えた「黒田節」の故郷でもあるそうな。
御香宮




伏見桃山駅から徒歩15分程度で駐車場入口。
スポーツ公園も兼ねていますが、この山の中の駐車場で30分300円。東京都心並ですね。


以前は料金を徴収していたんでしょうね。
現在は無料ですが、天守内部には入れません。


模擬本丸を下ると、明治天皇伏見桃山陵(ささぎ)



