(アセンデッドマスタースサノオさんのメッセージ)

 

 

人が「魔」と呼ぶものは何でしょう。

 

自分に災いをもたらし、

自分がコントロールできないものを怖れ、

それは「魔」にとりつかれたからとしてきました。

 

その昔から災害、疫病があると「魔」の仕業と言い、

昔の人は「魔」のことを、心から恐れていました。

自分が何もできないうちに災いがもたらされるのではないかと。

 

 

 

そしてそれをコントロールしたいがために、

方位を気にしたり、いけにえを供えたり、

おまじないや祈祷や結界などで封印するということをやってきましたが、

現代の皆さんの目には、それは非合理的なものに写るでしょう。

 

 

現代の皆さんは、それらを合理的に封印する技があります。

完全に封じることはできませんが、

それは安心感をもたらします。

 

昔の人も安心感を得たかったのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔」というと、正体不明でとても恐ろしいように聞こえます。

 

皆さんにもそのような心の怖れ「魔」がありますか。

 

なんとなくわからないけど怖いという感じはあるでしょう。

しかし、正体を知ればそれは「魔」ではなくなります。

 

 

昔の人には「魔」がたくさんあり、正体もわかりませんでした。

それなので、魔の封印いう方法で安心感を得てきました。

 

「魔」と恐れられてきたものが

今でいうと何だったのか知ることができるでしょう。

 

昔、封印されたものが、現代ではあまり恐れるものではないというものもあります。

 

 

そして、今でもその「魔」というものが本当にあるのか?

 

その封印とはいったい何だったのか?

祈りだったのか?

 

そのような現代的な考えを持ち、

魔と封印のことをよく考えてみるのもいいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

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