「人間の力なんて、せいぜいこの程度」
私たちは、いつの間にかそう思い込むようになってしまいました。
数字、検査結果、統計、周囲の常識....。
それらは確かに役に立つ一方で、
「私たち自身の可能性を“否定する材料”」にもなってしまいます。
でも、私はずっと感じています。
人間には、本人でさえ想像できないほどの力がある、と。
プラシーボ効果が示している「もう一つの事実」
プラシーボ(偽薬)で症状が軽くなる例は広く知られています。
ただ、がんなどの重大なケースになると、
後から「治療が効いた」「自然に縮小した」「別の要因が重なった」と結論づけられ、
“意識が関与した”という部分は証明しづらいのが現実です。
それでも、プラシーボが示しているのは、少なくともこれです。
-
人は「信じたこと」「意味づけたこと」によって身体反応が変わりうる
-
脳・神経・免疫・内分泌などが連動し、現実の身体状態に影響することがある
つまり、身体は“物質”だけで完結していない。
意識が介入する余地が大いにあるのです。
スポーツの世界では、意識で身体を変えるのが当たり前
スポーツでは、イメージトレーニングが実践されています。
フォーム、動作、成功の感覚を先に脳へ入れ、身体を追従させる。
これは「気のせい」ではなく、現場では当たり前に使われている技術です。
身体は、意識の使い方によってパフォーマンスが変わる。
であるならば...
同じ「人間の身体」である以上、
健康面でも「意識の使い方」が影響しても不思議ではない、と私は考えています。
極限状態で発揮される、人間の底力
「子どもが車の下敷きになり、母親が車体を持ち上げた」
そういう話を耳にしたことがある人もいると思います。
この話が象徴しているのは、
人間には通常時の“制限”が外れたとき、
常識の枠を超えた力が出る可能性があるということです。
普段の私たちは、社会の常識・自己否定・自己卑下・罪悪感などで、
無意識にブレーキを踏んで生きています。
ブレーキが外れる瞬間がある。
それを知るだけで、「可能性の扉」は大きく開かれるのです。
「現実に引っ張られない」
現実は、強いです。
特に病気の話になると、現実は容赦なく心を突き刺します。
-
余命宣告
-
医師の表情
-
数値の推移
-
周囲の心配
-
未来の不安
これらが“現実の重力”になって、心を重くしてしまう。
ここで大事なのは、
現実を否定することではなく、現実に引っ張られすぎないことです。
現実は「今の状態」を示すに過ぎません。
未来を確定させるものではありませんし、未来は必ず変えられます。
エネセラピーは、医療を否定するものではない
私は、医療を否定したいわけではありません。
治療法があるなら、それを優先するのも大切だと思っています。
ただ、もし....
余命宣告を受け、医師から「できることはもうない」と言われ、
本人が絶望の底に落ちてしまったなら。
そのときに、「誰もが常に受け取っている宇宙エネルギー」を利用した、
エネセラピーを試す選択があってもいい。
私はそう考えています。
意識は、身体の“司令塔”になりうる
エネセラピーが目指しているのは、
「何かと戦うこと」ではありません。
がん細胞も自分の細胞。
敵として扱うほど、強い反発を招きます。
だから私は、
意識の方向を変え、受け取る状態を整え、正常化の流れに戻す
という考え方を大切にしています。
それは、人間が本来持っている“回復の方向”を思い出す、ということです。
余命宣告を受けている場合や、
ステージ4の希少がんや難治性がんであっても、癌は治ります。
誰でも、自分で癌を治す能力が備わっています。
「病尽き、苦尽き、命の嘆き尽きなん時、我が願いもまた尽きなん」
癌が完治し、自分だけの美しい花を
宇宙いっぱい咲かせる日が来るのを楽しみにしています🦋
Sealed with LOVE❤️