台湾について、駐日中国大使が「(日本が)中国の分裂を企てれば、日本の民衆は火の中に」と発言した。

 ロシア・中国・北朝鮮の3国とその他の世界の国々の違いは、戦争になった時に攻撃対象が相手国の民衆なのか、それとも相手国民の軍隊や施設なのかという点である。民主制ではない事実上の独裁国家である。人の命を何とも思っていない国だから、他国民の命も自国民の命も(すぐ逮捕して死刑にしたり残虐に処刑したり戦車でひき殺したりなど)軽く考えているのだろう。人命尊重や人権などと言う観念がなく、学校でも嘘や洗脳の教育ばかりで客観的普遍的な道徳教育もほとんどされていないのではないだろうか。

 この3国を世界はどうするか。国連での様子を見てもわかるように、話し合いによって自分たちがやりたいと思ったことをやめたり妥協点を探ったりできる国ではなく、議論や会議は無意味の国々である。

 結論を言うと、この3国は武力による脅しや攻撃によって自分勝手を通すことをやめることは絶対にない。そしてこの3国以外の世界の国々が平和を望むのであれば、方法は1つしかないだろう。いや、強く平和を望まなくても、いずれは同じ結果になると思われる。世界の国々は、大変な国を今まで野放しにし、軍事力を拡大させてきた。自業自得であろう。

 非現実的ではあるが、世界中の国々が一致団結し経済によって3国を封じ込めることができるなら、第3次世界大戦は回避しつつ、平和な世界の実現もできるのかもしれないが、世界のいくつかの国は、正義や人類の平和より「恩(?)」を大事にし、中国やロシアに見方をする。3国以外の世界の国々が一致団結することはできない。

 悪は群がり、赤信号を渡っていく。いや、赤信号を渡るために悪同士が団結する。どうすればよいだろうか。

 

追記:「日本の民衆は火の中に」という駐日中国大使の発言は今度で2度目だそうで、松原衆院議員が、彼を国外追放すべきだとして、政府の見解をただす質問主意書を衆院議長に提出した。松原氏は「接受国である日本政府に対し失礼千万で、敬意を欠く」と訴える。政府に対しての問題なのか、失礼とか敬意の問題なのか。駐日中国大使もよくわからないが、松原議員の見識や感覚もよくわからない。

 目的をもって意図的にやる場合を除き、「中途半端」と「後手後手」にやることは、プラスにならないどころか逆にマイナスになるのでやらないほうがよいというのが私の持論であるが、今回の欧米によるウクライナ支援を見ていると、まさにお金の面でも領地の面でも、ウクライナや欧米は莫大な損害を受けている。アメリカはこれからミサイルなどを供与するようだが、どうせ渡すなら2年前にやったほうがよかった。今からミサイルを渡しても・・・。

 毎日毎日朝から夜まで、大量の情報番組やニュースがテレビから流れている。

 先日情報番組を見ながら、これらの情報を全く知らなくても困らないだろうなあと思った。どうでもいいような内容について繰り返し放送したり、長時間かけて出演者が自分の思ったことを言い合ったりし、それを国民が聞いて何になるというのだろうか。

 交通や社会制度のルールが変わる、来月から○○が値上げになる、明日黄砂が大量にやって来るなどの情報なら伝えたほうが国民の利益につながるが、知らなくても困らないようなどうでもよいことを何十回となく繰り返し、弁護士とお笑い芸人が無責任に感想を言い合い、時間を大量に消費していく。やっているほうは仕事でお金が入るからいいのだろうが、それをボーっと見ている国民にとっては何という無駄なのだろうか。

 テレビをつけるのを3分の1程度にしようと思った。

 バレーボールの日本女子代表が、ポーランドに0対3のストレートでまけた。どのセットも接戦だった。特に1セット目は23対18で日本がリードしていたが、そこからの逆転負けだ。本当に実力の差があるのであれば、点数が大きく開いて負けていたはずである。こうなった原因は、力の差ではなく気持ちの問題であろう。

 このブログでも繰り返し書いてきたが、バレーでもフィギュアスケートでも卓球でも、トップレベルになると半分ほどの競技においては実力で大差をつけることはできにくく、最後はメンタルが勝敗を左右するため、日本は技術の他にセルフコントロールをもっと重視して多くの時間を割いて身に着くまでやらないと、いつまでたっても土壇場で逆転されて負ける、惜しい所まで行くが後ちょっとで負ける、という流れに終止符を打てない。

 短距離走や柔道などメンタルがあまり影響しない競技もあるが、メンタルのみのチキンレースのような競技もある。日本人選手はメンタルに弱いので、見ていて本当に気の毒になることが多い。もちろんハッタリや自己流ではいけない。ガチガチに緊張している心を隠すために「試合を楽しみたい」などと笑顔で公言して、「緊張」に自分の気持ちを集中させて、自ら実力を出せないようにして自爆している選手も目立つ。

 スポーツ選手は、「専門的」なセルフコントロールの訓練を軽く見てはいけない。

 成功している芸能人の給料が高額なのは、プライベート代金が含まれているからだと私は思っている。能力や努力代では決してない。人間国宝級の能力を持つ人や深夜まで働いている会社員などごまんといる。だから、結婚式にマスコミが押しかけたり、街を歩いている所を写真にとられたりするのは、全く構わないことだと思う。プライベートを全く取材するなという主張は不適切だろう。 

 それにしても年収で億を終えるなど高すぎる。異常だ。こう書くと、「それならお前もやればいい」と対象芸能人は言うだろう。しかし、興味と運がなければ同じようにはならない。私は歌や踊り、演技が嫌いだから、そもそもやろうと思わないし、運がなければやれないことだ。彼らもすべて運のみで今の地位に来たはずだ。「おまえもやればいい」というのは非現実的で論理的におかしい。

 繰り返すが、一般人から見て成功した芸能人が莫大な金をもらっているのは、能力でも努力でもない。運のみである。彼ら、彼女らが、小さい頃に戻ってもう一度人生をやり直したとしても、同じ人気や地位を得られると私は100%思わない。まぐれのような運(出会いなども含め)の連続によって偶然うまくいった人のみが結果的に今の地位が手に入ったということである。

 長渕剛氏が、元女優への性加害疑惑をはじめ、様々な疑惑が取り沙汰され、精神的に追い詰められているとユーチューブで打ち明けた。

 自分に置き換えてみると、全くそのようなことがないのに根も葉もないことをマスコミで報じられたら、精神的に追い詰められたり落ち込んだり仕事を休んだり、ましてやそのために引退するなどと言うことはせず、ただ怒り、証拠をもって事実を訴えるなど必死に抗議をするだろう。

 お笑いの松本氏や取り巻き芸人達も落ち込んでいるというが、全くの事実無根であれば太陽に顔を向けて全国の国民に向かって自分の行なってきたことを堂々と主張できるはずだ。いや、できるはずというより、そうしたいだろう。

 記事や非難の100%が事実だとは私も思わないが、落ち込んだり悩んだり休んだり引退したりするというのは多少なりとも身に覚えがあるからだろう。泥棒をしていないのに、「お前が盗んだ!」と言われ、落ち込む馬鹿はいない。必死に否定し文句を言い、怒るだろう。

 火のない所に煙は立たない。立つはずもない

 

「セクシー田中さん」の原作者が自殺した件で、日本テレビは社内で調査をすると言いながら、いまだに結果を公表していない。加害者側の自主調査など自己弁護の場に過ぎず意味がないのであるが(マイナスの意味はある)、せめてそれでも何らかの発表はするべきであろう。

 今回の事件に関わっている会社や人物は、それほど多いわけではないが、すでに数か月が経過している。それほど多くの時間は必要ない。このままやり過ごせるか、ほとぼりがもっと冷めそうか、日本テレビは息をひそめて伺っているのだろう。人の命がなくなっている。自殺に追い込んでいる。それに対する日本テレビの反応を見ていると、本当に恐ろしく悪者だなあと感じるのは私だけであろうか。真の反省は、全くないのだろう。

 学校でいじめによって被害者が自殺すれば警察が事件として動く。今回の原作者に対するいじめや誹謗中傷は、なぜ警察が動かないのだろうか。マスコミ様だからなのだろうか。原作者が死に損で、本当にかわいそうでならない。二度と会ってはならないことだ。

 誠実な素人は、政治家とマスコミだけには関わってはいけないと思う。

 昨年の夏は、35度越えが何日もあり、外を歩くのはとても厳しかった。直射日光を避けて日陰を歩くと、ぐっと体感温度が下がるのがわかった。日陰と直射日光の違いは、特に猛暑日の時にははっきりとわかる。

 女性が日傘をさしているのを見ると、とてもうらやましい。男性の日傘はまだまだ一般的ではなく、37度を超える中でもあえて直射日光にあたりながら無理をして歩かなければいけない。マスコミがお得意のあおり情報で国民を洗脳すれば、すぐにでも男性の間に日傘が広がると思うのだが、テレビ局にとっては一銭にもならないことだから、やらないだろう。

 方法として、公務員の男性は35度以上の日に直射日光に当たって歩く場合は、日傘をさすことにすればよい。公務員だけでも地方公務員や国家公務員、警察官や消防署員、教員、自衛官等々かなりの人数となり、次第に会社員や自営業の人、お年寄りにも広がっていると思うのだが。

 今年の夏は、昨年よりも暑くなるという予想だ。猛暑日に、いやいや直射日光にあたりながら歩くは、もういやだ。早く男性の日傘を広めてもらいたい。

 大谷選手の日々の言動や成績の情報は、もうたくさんだ。

 ニュースや情報番組の「スポーツコーナー」の中で伝えるというのであれば、他の競技との不公平感があるもののまだ理解はできる。しかし、政治や経済、社会のニュース枠内で「大谷選手が三振した」「今日は〇打数〇安打」など、一競技の一個人のどうでもよい情報を伝えるのは不適切である。

 テレビ局の言い訳として考えられるのは「国民の関心が高いから」というものだが、これもお笑い芸人の場合と同じくテレビ局やマスコミが作り上げている虚像であって、国民全体で見れば野球や大谷選手に興味がない人もかなりの割合でいるだろう。

 ドジャーズの選手の中には、日本のマスコミの取材にうんざりし、大谷選手のことはもう話さないという選手も出てきた。アメリカのマスコミでも、日本のマスコミによる取材の過熱ぶりを報じている。

 大谷選手は、高額な給料をもらい、野球の中では成績もよいので、他のスポーツ選手に比べてマスコミに多く取り上げられるのはわかるが、限度や程度というものがあるだろう。個人のスポーツ選手の情報量としては、毎週1度でも多いくらいである。

 マスコミの姿勢は改善されるべきであろう。芸能事務所との癒着によって面白くもないお笑い芸人や旧ジャニタレを、集中出演させ、過度な演出で視聴者を錯覚させ煽り、「面白い芸人だ」「才能のあるタレントだ」「とても人気がある」という虚像を作り上げる。大谷選手を扱えば視聴率が取れるということで、一点集中で異常なまでの過度な取材を繰り返し、大谷選手を疲弊させ、ドジャーズ選手をうんざりさせる。マスコミって、本当に迷惑者だなあと感じるのは私だけだろうか。

 新体操のユニフォームは、男性がロングパンツで女性がレオタードだ。なぜなのだろうか。これでは、もはや「動きにくいから」などと言う理由も通用しない(その理由が事実なら男性は短パンなどを履くだろう)。それでいて、着ている女性選手たち本人は「男性たちがいやらしい目で見てきていやだ」などと言う。

 肌を見せることで女性の美しさを見せているなどと言うのは、過去の誰かが言ったこじつけであろう。肌の露出を、性的なものから離れて論じることは、非現実的であり詭弁である。そもそも、スポーツ競技はファッションショーやミスコンの会場ではないので、女性の美しさ云々を語るのはお門違いだ。

「それでは膝の曲げ具合などが見えない」などとまだ言うなら、スパッツでよい。これで決まりだ。何を言っても無駄であろう。そもそもこじつけなのだから。

 女性選手自身がレオタードを着たがっているようにさえ私には思われる(陸上選手のブルマもそうである)。もし本当に嫌なのであれば、まず女性選手たち自身がユニフォームの改善を訴えたほうがよい。それによって、疑いの目で見られてきたほとんどの誠実な男性たちも助かるというものである。

 女性たちの単なる自惚れや虚栄心に振り回されているのではないことを祈りたい。本音でぶつかり合わないと、改善はないだろう。