私は自分の歯の治療で、不勉強と不運により、かなり痛い目にあってきました。それを教訓にして、せめて我が家の犬猫の歯だけは守ってあげたいと注意を怠らないようにしていますが、2度だけ猫の抜歯をしました。
一度目は横浜で保護した子。鉄橋の下に野良猫が繁殖し、通りかかった時、他の猫達は蜘蛛の子を散らすよう逃げて行ったのですが、この子だけ私に近付いてきて、フェンス越しに小さく鳴いたんです。骨と皮で、緑色の目ヤニと鼻水。
そして片目がありませんでした
ノラの世界は過酷です。少しでも障害があると長生きはできません。病院に連れていくと、成長しきれなかった眼球が奥にあると言われ、奇形だとわかりました。
アメリカから日本へ帰国する際、検疫に必要な健康診断をし、前から気になっていたこの子の口臭について獣医に相談しました。すると、歯がぐらついているので、早めに抜歯をするよう言われました。家猫は牙がなくても生活に支障ないそうで、帰国後すぐ手術しました。
抜歯後、穴がぽっかり
でもすぐに歯肉復活!
抜いた歯、根元がやられてます
あんなに生臭かったのに、抜歯後は息爽やか〜!もっと早く気づけなくてホントにごめんよ〜。
さて、2度目の抜歯は、台湾で保護したエイズ猫「大虎(ダーフー)」でした。もう発症していて、ひどい口内炎に苦しんでいました。地元のクリニックでは良い治療結果が得られず、国立台湾大学の病院に連れて行きました。
保護した親子猫。左は母の「大虎(ダーフー)」、右は息子の「小虎(シャオフー)」
口内炎には奥歯の抜歯が一定の効果を生む”可能性がある”とのことで、ギャンブルでしたが手術に踏み切りました。日本では一挙に大半の歯を抜いたりしますが、台湾では猫の負担を減らすため、1回目は右半分、2回目は左半分と、分けて手術しました。(上下で分けるんじゃないんです)
元ノラで病院に行ったことがなかったので、獣医さん方を相当手こずらせました。カルテには「攻撃性あり。触る時は毛布を被せること。爪は切りました→3Q(サンキュー)」と書いてあります。余程暴れん坊だったのだと思います。
台湾一の大学病院なので
すごい設備です
抜いた歯…可哀想で泣けてくる
ひと月半ほど入院し、その後の治療は自宅ですることになりました。人への恐怖心から、投薬、傷口の洗浄、皮下注射(補液)はスムーズにいかず、大変な作業でした。私の手や首は毎日血だらけでしたが、それ以上にダーフーの苦痛を見るのが本当につらかった。今でもトラウマです。
そして、大手術の甲斐なく口内炎は治らず、ダーフーは半年足らずで亡くなりました。
人は治療の意味を知りつつ臨みますが、動物はそれを知りません。自由を奪われ痛みを伴う治療を、不安と恐怖の中で受けます。
私は病気の犬や猫を介護するたび、どこまで治療するのが動物本人にとって幸せなのか、今だに線引きをできずにいます。いつもとことん治療して、無理を強いてしまいます。
ダーフーは、北米では安楽死を勧められるケースだと思います。動物は、生きる上での喜びが人間よりシンプルでしょう。それを失い、取り戻すことができないまま生きながらえさせる治療を、北米では良しとしません。どれだけ生きるかではなく、どう生きるかを重要視します。アメリカやカナダでは、私が住んだどの州でも人すら安楽死は合法で、わざわざその為に引っ越してくる人も少なからずいました。
私がアメリカ北西部で一人暮らしだった頃、隣に住むご婦人には盲目の息子さんがいました。大学生の時、交通事故にあったそうです。離婚して一人暮らしだったご婦人は、よく私を招いてくれました。色々な葛藤があったのだと思います。「この街はいいわ。死ぬ権利があるから気持ちが楽。だから生きていける」と言っていました。
私の兄は、小学生の頃、ストーブの上のヤカンをひっくり返し、左半身に大火傷を負いました。ケロイドが広範囲なので、当時は皮膚移植もリスクが高くてできませんでした。私はショートパンツや半袖を着て外出をする兄を見たことがありません。至ってフツーに学生生活を送ってましたが、思春期に彼は何度か家出をしました。大人になりその意味を知り、今は兄が生き続ける選択をした勇気に感謝しています。と同時に、自分を責めつつ、兄と向き合った母の気持ちを想像しては息苦しくなります。
今日のブログは暗いですね。すみません。
あ、でも息子のシャオフーは今も元気です。エイズにもかかっていません。たくさんのオモチャに囲まれ、お日様を浴びながら、オヤツをいっぱいもらって、とっても幸せに暮らしています。GFもできました。
シャオフー
お母さんの分まで長生きしてね










