2026/1/11 晴
最近懐かしい名前を度々目にします。
秋元松代に関する本を読んでいると、菅井幸雄氏の事が時々出てきます。大学時代の恩師です。
菅井先生も秋元松代を研究していたんですね。今まで知らなかった。
4年生の時に研究所に入ってしまったので、大学に行くのが大変になり中退も考えましたが、父の遺言もあり踏みとどまりました。
4年の時はやはり授業に出れず、ひっっっどい卒論を書いて、菅井先生にココだけ書き直しなさいと言われ、なんとか最低の優良可の可をもらい、かろうじて不可を免れました。
卒論は取れたものの、単位が少し足りず留年することになりました。
1留年で終わるつもりだったのに、研修科で劇団の芝居についてしまい、研修科の発表会もあり、第二外国語のロシア語が取れず、何とまたまた留年……。
私はロシア語の担当の先生に、どうして落としたんですか!と泣きながら電話しました。
その女の先生は冷静に言いました「あなたくらいの成績の人は皆落としてます」
私は菅井先生に泣きながら電話して、昼の時間帯に稽古で行けない、あの先生だと取れない、などとほざいたのでした。
菅井先生は『わかった、わかった』と言って、夜間部の授業を受けられるように手配してくださいました。
大学6年目はロシア語を夜間で取らせていただきました。何ともおだやかな年配の男性教諭のクラスで学び、その年度、無事に卒業しました。
菅井先生は『頑張っていい女優になってください』と言ってくれました。
私は菅井幸雄先生のおかげでやっと卒業できたのでした。
合掌
