以下はamazonの説明文より
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男たちの財産を奪い、殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子(カジマナ)。若くも美しくもない彼女がなぜ──。週刊誌記者の町田里佳は親友の伶子の助言をもとに梶井の面会を取り付ける。フェミニストとマーガリンを嫌悪する梶井は、里佳に〈あること〉を命じる。その日以来、欲望に忠実な梶井の言動に触れるたび、里佳の内面も外見も変貌し、伶子や恋人の誠らの運命をも変えてゆく…
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読もうとしたきっかけは去年ルーマニアを旅行していた時訪れたお洒落な本屋さんで英語版のBUTTERを見かけ、表紙に惹かれたからだ。日本に帰ったら読みたいと思っていたが、結局ブラジルで読むことになった。
小説内の文章もバターをたっぷり使った料理の描写などが出てきて想像力をかきたてられる濃厚な文章で、とにかく本当にお腹がすく小説だった。

こんな考え方があるのかと印象に残ったのが下記。
「誰かを欲情させるのは、すごく楽しい。
 それが男であれ、女であれ。」

記者の里佳は刑務所にいる梶井真奈子になんとか取材したいが取り合ってもらえない。
そこで料理の話をすると梶井がようやく興味を示すことを発見。
梶井のおすすめするレストランを訪れたり、梶井のブログにあるバターを使ったレシピを再現し、
それについて里佳の記者のキャリアで培った表現力を駆使して、刑務所の面会場で梶井を前に食べたものを詳細に描写していく。
それは梶井の飢えを刺激し、唾液を飲み込む音が聞こえるくらいに、梶井の料理への渇望がありありと里佳に伝わってくる。
里佳が上記のようなセクシュアルな表現をしたのは、女子高時代に王子様的ポジションにいたおかげで女子生徒の欲望の的になった経験があって、梶井の欲望を刺激した時にそれを思い出したからだ。

なるほどなと思ったのが、料理というのが欲望を刺激し、
精神的だけでなく物理的にも人に身体的反応を起こさせるものであること(唾液が出るとか)
それは実際その場に料理がなくても、巧な文章で相手の想像力を掻き立てれば、
刑務所の中でだって再現することができるということだ。
この本を読んでいる私も小説の中で出てくる「バターたっぷりの卵掛けごはん」を食べたことなくても
その描写を読むだけで舌への感触とか香りとか質感が伝わってくる。

例えばちょっと良いレストランに行って、食事を五感で楽しむのはとても楽しいし贅沢なことだと思う。
でもこの里佳と梶井のやりとりはバターの濃厚な描写がグレーで無機質な刑務所の中でより際立ち、
そこに実物がなくてもむしろ豊かで贅沢で、
なんなら直接味わうより想像力を駆使して味わうことの方が精神的で高尚にも感じる。
この里佳と梶井の間に広がる随分不思議な空間を小説の中で体験する。

考察しようとすると、他にもジェンダーの観点の切り口とか、里佳の心境の変化とか、里佳の周りの人達(彼氏、親友、同僚)とか
いろんな切り口があるのだが、個人的にはバターの描写が1番だなと思った。(ただの食いしん坊説)
もちろんジェンダーの観点も鋭く、本当に日本(主語デカですが)はいろいろ問題を抱えているよな…などと読みながら共感するけど、鬱々とするテーマでもある。
女であるがゆえのめんどくささやストレスとか、そういう社会の膿みたいなテーマは
もちろん自分事だし大事に考えるべきものでもあるのだが、一方でもう面倒くさいな、それについて既に散々悩んだしなというのもあって、さらっと流してしまいたいと思う。
それよりもバターの描写が美味しそうだから、難しいことを考えずご飯のこと考えるのが幸せだよね、みたいな思考停止でもある。
まあそのうちそういうジェンダー的な本の感想も書いてみたいとは思うけど。

初めてではないが本の感想を書くというのは、普段のブログを書くより難しい。
本への記憶力とか、こちらから能動的に考察していく必要があるのとか、
考えながら書くと文章がとりとめなくなったりして、何度か読み返して書き直す必要もある。
あと私が下手くそな感想を書くと、著者に対して失礼な気がして気楽に書けなさがある。
まあでも別に著者が見るわけでもないし、この感想を読む人がいたとしても個人の感想と本の価値とは切り分けて考えてもらって
こちらはこちらで気楽に書けば良いなとも思う。