今のところ人として好きな友達がよく自撮りをインスタにあげている。

そこに私は猛烈な違和感を感じる。

というか恥ずかしくてあまり見たくないなと思う。

なぜそれを感じるのか。嫌いな人ならともかく好きな人に対して。

 

過去学生の時に私も自撮りみたいなものを1回あげたことがあるが、後になってとても恥ずかしくなった。

そもそもなぜ自撮りが恥ずかしいと思うのだろうか。

自己愛が強いのは良いことだし、自分を大好きでいるというのは全然良いことだと思う。

私も化粧が上手く決まった時には鏡で自分を見て良い感じだな、と思う。

 

しかしそれを他の人に見せるとなると違う。

自撮りをあげるというのは「自分のことを私は可愛いと思っています!」と宣言していることになる。

別にいいじゃん、自分のことを可愛いと思ってますといっても。

こないだある男の子が俺は自分が大好き、みたいなことをみんなの前で宣言していてそれはそれで良いなと思った。

まあ彼の場合は笑い半分、本気半分、お調子者キャラだから良いみたいなところがあるが。

人として自分が大好きなのと、自分の顔が大好きなのを宣言することの何が違うのか。

多分、私は人間性というのは自慢できることだけども、顔は先天的なもので努力で身に着けたものではないので自慢することではないと思っているのかも。

人間性というのは努力の故とかでいろいろ積み上げられてきたものなので、それは誇っていい。

一流企業に入って高収入とかも、自慢すると恥ずかしい人間だなと思うけど、まあそれもその人が努力の故手に入れられたものなので恥ずかしいけど良い。

若い女子の自撮りは、自己愛が強いことは良いのだが、あくまで先天的なものをアピールしている感じでうーんとなるのだろうか。

例えば超がんばってお金を稼いで、整形につぎこんで不細工な人が美人になり、それをインスタにあげまくる、というようなストーリーが背景にあればまだ大目に見れるかもしれない。(それはその後ろにある背景に共感できるということだ)

あと芸能人が自撮りを上げるのも、それは商売だからと割り切れる。

先天的な顔とかを自慢すると、悪用されるといった危険性もあるからその浅はかな感じがむずがゆい?

・・・うーん、シンプルに自分の中だけにおさえられない自己愛への恥ずかしさかなあ。。。

みんなまあ自己愛はあって、でも外に出すでもないよね、そりゃ自分が一番大切なのは自分でしょ、みたいな。

自己愛出す人って自分優先でselfishなイメージになるのかな、私もいいけどみんなも可愛いよねが通用せずに自分だけ可愛いと思っていそう、集合写真が出てきたら真っ先に自分だけを見るイメージ

人<<<自分、感が自撮りには出てくるのがちょっと怖いんだろうな。それを当然と思っているみたいな。まあ素直なんだろうけど。

まあ彼女の場合は人も大切にしているので、自己愛があっても問題ないはずなのだがそれでもちょっとうっ・・・となるのは

そこまでアピールしないとだめなものかね?みたいなとこだと思う。

例えば、他の可愛い女の子が自撮りをあげていたとして、その子は素直にその人のことを良いねと押すだろうか?

私は自分大好きなので、ガッキーレベルだったらもちろんただただ可愛いと思えるが、ちょっとかわいいくらいの一般人に近い人だと微妙な嫉妬心が生まれる。この人あげるほどでもなくない??などと。

他の可愛い一般人が写真を上げてたときに何も思わずに見れるだろうか?と思うと多分違うと思うので

やっぱりあんまりちゃんと考えておらず、自分の一番推しているもの(=自分)をあげるんだろう。

客観的に人がどう思うかを考えずに(あるいは自分の感情を客観的なものとして受け止める)、あげてしまえるのかといった、客観的目線がないのはいかがなものだろう?みたいなところが一番引っかかってるのかな。

あとシンプルに人の顔って情報量多いからね…

まあinstagramの使い方なんて人それぞれ自由だけど、自分がやらないことをする人はなぜなんだろう、というのをも解明したくなったのだった。