彌彦神社
新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2887-2
越後国の一宮で、平安時代から「おやひこさま」と呼ばれ、心のふるさと、魂のよりどころとして多くの人から広く親しまれてきました。
また、朝廷をはじめ時の幕府や武将からも手厚く庇護された神社です。
御祭神
天香山命(あめのかごやま命)
天照大神の孫にあたる邇芸速日命(にぎはやひ命)と天道日女命との間に生まれた男神です。
彌彦神社の社伝には、神武天皇が東征し大和国を平定した後、勅命を受け越国を平定し、地元の民に漁業や稲作、製塩、酒造などを伝え産業興降に尽くしたとされます。
後に弥彦山に祀られて伊夜比古神と呼ばれ、現在も越後開拓の祖神として「いやひこさま」、「おやひこさま」の名で人々から親しまれています。
古事記には 高倉下命(たかくらじ命)とあり、神武東征の際、神武一向を襲った熊の毒気から救った神として書かれています。
万葉集に掲載
日本最古の歌集「万葉集」には、彌彦神社を詠んだものが二首歌われています。
★「伊夜比古おのれ神さび 青雲のたなびく日すら 小雨そぼ降る」
★「伊夜比古 神の麓に今日らもか 鹿の伏すらむ皮衣きて 角つきながら」
彌彦神社が万葉の時代から親しまれた神社であったことがわかります。
二礼四拍手一礼
彌彦神社や出雲大社(島根県)宇佐八幡神宮(大分県)は四拍手です。
なぜ四拍手なのか?はっきりした理由はわかりません、一説には「四季を表し、実りと繁栄を祈願する」「東西南北の四方向を守護する神に敬意を示す」などという説。
また、天津神系は「八拍手」国津神は「四拍手」そのいずれでもない弁才天(外国神)などは「二拍手」という説もあり、詳しくはわかっていません。
重い軽い石
願って石を持ち、軽く感じると願いがかなうといわれます。
相撲場
神の使い
境内に鹿や鶏が飼われています。
摂社
御朱印です
ご覧いただき
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