二 龍澤寺

「今渡ったのが、市内を流れる磐井川だ。北上川に注ぐ。

 ここをまっすぐ行けば市役所が右に在るけど、ここで(右に)曲がるよ。一関平泉線ってやつだ。

 右に見え隠れしているのは在来線、東北本線だ。

 左に続く小山は花にある蘭に梅と書いて(らん)梅山(ばいさん)だ。名の(いわ)れは知らない。

 中里小学校前(標識)と言うのが出て来た。

 この(へん)も大槻玄沢の遊び場だったのかな。

 認定龍澤寺こども園の標識が見えてきた。

 間もなく着くよ」

 駐車場を見つけることが出来ない。少し先に、右に山ノ目駅の標識が出ている。

「何か、文句言われるかな?」

「いや、ゴールデンウイークだと言うのに誰も見かけない。

 文句を言う人が出てきたら、その時は、その時だ」

 駅前の小さな広場に駐車した。

 元の車道に戻っても、それらしき標識が見当たらない。平泉方面に向かう車が多く通り過ぎる。

「こども園の標識は見えるけど・・、(大槻玄沢に掛る標識は)何もないね」

「五年前に来た。こども園の側って覚えているんだけど・・・

あっ、ここか」

 大槻玄沢の顕彰碑が不意に右側に現れた。歩きだして、二、三分。認定龍澤寺こども園の建物を先方に見ていて気付かなかった。

 車道から少し奥まった所に有る。その先に龍澤寺の山門が見える。

「これか。デカいね。台座から三メートルも有るのかな。

 顕彰碑って聞いていたから、何か大槻玄沢の功績でも書いてあると思い込んでいたけど、単に、大槻玄澤先生顕彰碑・・か。

(名の上に)(せい)四位(よんい)と有るけど、分かる」

 「ハハハ、佐々木は聞くと思ったよ。

 前に来た時の写真を見たら、そう有ったので調べておいた。

 まず、読み方が違う。「せいよんい」では無くて、「しょう(・・・)しい(・・)」と読むらしい。

 律令制度で貴族やお役人の序列を示すもの、位階を現すものだったらしいね。

 時代によってその運用に差があると有ったけど、国の政策などを論じる参議にも、また、今で言う、国の各省庁の長官にも成れる資格を持つ者に与えられた位階らしい。

 大槻玄沢がその評価を得ていたということになるね。

 調べたそのネット(インターネット検索)に、正四位に(じょ)せられた代表的な人物として何々王とか、何々麻呂とか、古代、中世で聞いた事もある歴史上の名が並んでいたのには驚いたよ」

 ここに来たのは初めてだし、これを見るのも初めてだ、と千田だ。

「あの山門の前に面白いものがあるよ。

 行って見る?」

 三人揃っての参拝を終えると誘った。左にこども園、右に一般家庭の屏、駐車場等が途切れ途切れに続く。山門まで四、五十メートルは有るのだろうか。

 左右の石灯篭に挟まれた五,六の階段を上ると、「里中山(りちゅうざん)」と書かれた扁額(へんがく)を掲げる山門との間の植え込みが五年前に見た時よりも生い茂っていた。

「これよ、これ。三途の川に控える婆さん((だつ)()())、爺さん((けん)()(おう))の石像だ。

 川を渡るにも金次第とか、地獄の沙汰も金次第って聞いたことがあえるけど、二人が事は知らなかったね。

三途の川に急流、中流、緩流の三つの渡る箇所があるなんて知らなかった。

 脱がされた(ころも)を木の枝に掛けて、そのしなり具合で死者の罪業が分かるなんて、ここに来て初めて知ったよ。

金次第の意味が、そこに有るらしいネ。

 説明書きに有るとおり民間信仰だ。だけど、仏教中心の日本だろ。

俺達は命を預かる職業に就くんだ。賛否は兎も角、知っておくのも良いと思うよ」

 最初に来た時、俺は何故か婆さんにも爺さんにも合掌した。千田も佐々木も説明書きを読み終えると、何の感想も言わずに合掌した。

(参考図―一関市、龍澤寺の大槻玄沢顕彰碑及び山門の側に在る、「(だつ)()()(けん)()(おう)」の石像、及び説明書)

[付記]:参考図は、昨年の夏に郷里のお墓参りと取材旅行の際に撮った物です。