[エッセイ・3―その4]14,15、16日とゆっくり休みに充てる予定にしていましたが、貧乏性の小生はじっとして居られない性質(たち)です。
1泊旅行が終わったばかりでしたが、予定通り14日朝一番のバスで弟が東京に帰りました。朝に2便しかないその後のバス便、藤沢発8時52分で自分も一関市に出ると妹に告げました。書いている小説の再点検等のために、17日に予定していた中尊寺、毛越寺、厳美渓等の何度目かの見学を今日に済まそうと計画を変更したのです。
何度も見ているから行かないと言っていた妹でしたが、しまいには自分も行くと言い出しました。中尊寺は入り口から急な坂道で、参道の両側は時 感じさせる杉の大木が続きます。観光客にお盆であるが故に帰省した人であろうその家族等で、本堂も金色堂も讃衡蔵(さんこうぞう、宝物殿)も能楽堂等も何処に行っても人、人でした。山中にある食事処、かんざん亭で昼食を摂り、帰り道、目の調子が良くないと言っていた所為も有るのでしょう。大日如来堂の側に在った出店で、小生のために「目のお守り」を買って来た妹でした。
山を下りて弁慶のお墓にお参りし、その後に周遊の観光バスで毛越寺に回りました、その庭園等もまた一周しました。高舘義経堂等にも行きました。自分の確認しておきたい場所は見たなと、一関駅前に戻った時には夕方5時にもなりました。
生家に戻るには午後7時発市営のマイクロバスを待つしかありません。乗車賃一人300円で済みます。タクシーだと生家まで12000円。年金生活者の、素人作家の取材旅行です。とても出せるお金ではありません。
生家に到着は午後8時過ぎ、妹と仏様に上げる御膳を如何しようかとなって、駅弁三種類を買って間に合わせることにしました。腹を空かした仏様も、駅弁のおかずを出されて笑うかも、美味いと言うかもと話して苦笑いです。
陽の長い夏と言っても夜も7時過ぎとなれば周りは暗くなります。しかも山越の狭いバス道路です。妹に、今、何処を走っているの?と聞かれても答えられるハズもありません。北上川に落ちることも無いだろうと冗談を言いながらのバスでした。
お風呂に入って落ち着くと、今日も16000歩(約11キロ)も歩いているとスマホを見ながら妹の報告でした。