[エッセイ・3―その3]翌日13日、木曜日。(旧)盆の入りだから夕方までには予定通り生家に帰ろうと話し、朝食前に露天風呂です。この露天風呂から、目の前の海に朝陽が上ってくるのがこの宿の一番の売りです。
しかし、朝から雨模様で朝陽を見ることは出来ません。弟が、あそこ、、、と指さします。露天風呂から20メートル先に有る高い柵の外に、何と、熊ならぬ、カモシカの親子がじっと吾々の方を見ているではありませんか。
特別な物を見た気分で思わず立ち上がり、ふりチンのまま声を掛けました。逃げもしません。3分にも5分にも感じた時間、ジーっと吾々二人を見ているカモシカでした。
大船渡温泉の旅館は吾々が泊ったこの1軒だけです。東日本大震災の後、復興作業を行う人々の泊る所が無い、と出来た旅館です。碁石海岸傍の民宿の女将さんから紹介を受けて、被災状況と復興状況の確認のために小生が友人と共に十数年も前に泊りもした旅館でした。
朝食の時になって、泊っている旅館が日本旅館選挙、料理部門5年連続第一位のパンフレットを見ました。その一つにも感慨深いものが有ります。朝食はバイキングでしたけども経営しているのは漁師さんとあって、夕食に出た料理は変わらず満足のいくものでした。
大船渡市場や市街を見るよりも、予定通り気仙沼まで戻って市街の裏に在る安波山に登ろう、そこから大島や気仙沼湾を見よう、その後にお魚市場で買い物をしようと、計画通りの予定を確認して旅館を後にしました。
旅館の玄関口に有った、アメリカ大リーグのドジャース所属、佐々木朗希選手の幟の側で再度この旅館に来たと記念写真に収まりました。
気仙沼駅に戻って、とうとう雨がまた降りだしました。構わず駅前から登山口までタクシーを頼みました。登る途中、普段であれば展望台から見える大島も、気仙沼湾も雨に煙って見ることは出来ませんでした。それでも急な坂道を下って来たペア2組に声を掛けられると、老人3人はドシャ降りにも負けず頂上を目指したのでした。凡そ十年前の小生の処女作「サイカチ物語」にもこの安波山行を書いています。
山を下りて、反対側になる小高い丘に東日本大震災の際にお亡くなりになった気仙の人々のための鎮魂の碑が有りました。お祈りし、そこから気仙沼湾、港、市場等を見て生家に戻ったのは夜も7時頃でした。
疲れも有りましたが、ご先祖様等の迎え火、お線香、御膳等を準備し終えた時には8時も過ぎていました。
妹が、今日も15000歩も歩き廻ったよとスマホを見ながら報告です。小生の足で測れば約11キロ歩いたことになります。
写真は、安波山(あんばさん)の登り口に有る左右の龍と、頂上の標識です。龍の胴体はホタテ等の貝殻で出来ています。


