・厳美渓

 千田の佐々木に語る解説を聞きながら、走行を(ゆる)めた。渋滞だなと思う。

「どうした?」

「厳美渓に着いたよ。

 だけど渋滞だよ。これだと、駐車場が満杯らしい」

「ナビで、探したら?」

「ハハハ、そうだね。

 停めるよ」

 停める路肩を探すにも一苦労だ。ナビを見れば、この先の駐車場は傍にレストハウスが有る。人波から推測すれば満杯だろう。観光客で賑わっていよう。

 少し離れている市営の駐車場だ。無料とある。

「ナビだと、走って来たのが(岩手)県道三十一号線、平泉厳美渓線だ。

 この先、目の前が有料駐車場、レストハウス。傍に硝子パークの駐車場も出てきたけど、この調子だと何処も満杯だろうね。

 後ろに在る、道の駅の駐車場に廻っても満杯だろうね。

 無料とある市営駐車場は可成り離れている」

 窓から外を伺う佐々木と千田だ。

「こうなると有料も無料も無いよ。何処でも停められれば良いよ。

 離れているって、どのくらい?」

「行って見るしかないね。

 渓谷を見るに、吊り橋に近いから良いかも。

(人の多い)ここに戻るのにさえ五分、十分かかりそうだ」

 こんな所に停めるなよ、って顔がフロント硝子の先に見えた。少しばかりバックするにも、発車するにも気を使う。

市営とある駐車場に向かうことにした。

 

 ナビの示す通りに進んだ。(一関市)自然休養村管理センター(一関市厳美市民センター)の隣になるのか。広い市営駐車場も満杯だ。

 こうなると、何処に廻っても無理だろう。

「空くのを待つしかないね」

「間もなく(午後)五時だ。帰る人も出てくるだろう。

 待とう」

 佐々木が言えば、何故かホッとする。友とはいえ、案内する側と案内される側との違いか。そう思いながらバックミラーに写る千田を見た。

「あそこ、空くよ。あの(あと)に入ろう」

 千田の指さす方を見ると、親子連れだ。奥さんだろう、女性と女の子二人を後ろのドアを開けて誘導する男性だ。

 何時にか自分もそうすることが有るのかと、その動作を見ていた。男性が運転する側のドアを開けた。

 

 停めて歩き出して、千田が言う。

「これって桜(の木)だね。葉桜だけど、ずっと続くのかな。

 覚えていないなァ。(前に)通ったかな。

 もう十日、二週間前だったら、(市営駐車場にも)停められなかただろうね」

 停めた所も、歩き出した所も俺にとっても初めてだ。桜の樹木()そのものに(てい)山桜(ざんざくら)の表示板がぶら下がっている。古びた説明板にも表示が(てい)山桜(ざんざくら)とある。伊達政宗公が植樹した物で、公は雅号(・・)を貞山公と言っていたのでその名をとって貞山桜と呼ばれていますと有る。

 雅号(・・)は間違いだろう。貞山は諡名(おくりな)(戒名、法名)だ。(伊達政宗の法名は貞山(ていざん)(ぜん)()大居士)

 左側を磐井川が流れる、落葉樹が多ければ葉桜と薄緑の木々の景色が続く。ゴツゴツした岩肌を観ながら進むと天工橋迄二六〇メートルの標識があり、傍に階段があった。下りて歩き出すと吊り橋が見えて来た。御覧場橋だ。

 巾が三メートルはあるだろう。今日は人も多ければ揺れを感じる。つり橋の真ん中に立って両岸を見るに、川上も川下も景色が良い。エメラルドグリーンの川面だ。

 上流の両側は荒々しい岩肌を見せ、割と大きい流れの音にこんなにも大きかったかなと思う。所どころ白波が立ってもいる。先方に天工橋が見える。

 下流はゆったりとした流れだ、川は一層深く、緑色を濃くしている。

如何(どう)。ここから見る景色が厳美渓だ」

「良いね。薄緑に葉桜だけだけど、四季折々、見る価値が有りそうだね」

「伊達政宗もここに来たらしいよ。

 我が領地で見るべきは、松島と厳美渓、と言ったと伝わっている」

「この流れは何処から来るの?」

「岩手、宮城、秋田に(またが)栗駒山(くりこまやま)だ。そこを発端としている。

(厳美渓の)渓谷美は凡そ二キロ続くよ。

 川は磐井川だ。一関市市内を流れて北上川に注ぐ」

「先生の解説に間違いなし」

 千田の言うにも、反論なしだ。

 人の流れに沿って対岸に渡る。

 階段を上ると東屋(あずまや)が目の前だ。熊に注意と掛けてある表示板に少しばかり驚いた、その東屋の手前を右に曲がって整備された遊歩道を歩く。

 今度は右に続く渓谷美だ。景色は何処も奇岩、巨岩と言う外にない。栗駒山の噴火によって堆積した凝灰岩から出来ている、長い年月をかけて大きな岩盤が侵食されて出来た渓谷だと言う外に知識はない。

 岩の上に見える木々の薄緑は秋に成ったら見事な景色(紅葉)になるなと改めて思う。

 途中、訪れた皇族の御手植えの松が並んでいる。東北地方に巡幸に来た明治天皇に代わって何とかの宮様(北白川宮(きたしらかわのみや))が橋の上から厳美渓をご覧になった。それにちなんであの吊り橋を「御覧場橋」と言うようになったんだと、かつて親父に聞いた事を思い出した。