嘉祥寺跡、講堂跡、円隆寺跡、鐘楼跡と廻って遣水だと言う所に出た。少しばかり講釈を垂れたが、佐々木も千田も曲水の宴を知っていた。
平安時代の貴族の優雅な歌遊びだろう、男も女も当時の着物を着て水辺に座り、流れ来る盃が来るまでに和歌を詠む、と語る。
その雅な風景は一見の価値があるよと思いながらも、毛越寺では毎年、五月末頃にその曲水の宴が開かれているとだけ付け加えた。
鐘楼跡に寄ると、対岸に芭蕉翁の像と句碑の在る松林がみえた。
「ほぼ一周したことになるかな、宝物館をみて観自在王院(跡)に回ろう」
法華堂、常行堂を見るに急ぎ足にもなった。池(大泉が池)に突き出た洲浜も出島の石組も、池の中に立つ石も右手に良く見えた。青空と、浮く白雲と、緑がかった金鶏山を背景に湖面に写るその景色は何処も絵になる。毛越寺の美は庭園に有りと改めて思う。
宝物館入口で慈覚大師が迎えて呉れた。開山堂の事もあってか、一人頷いた、ここは間違いなく円仁さんの座像だ。
館内は撮影禁止とある。古文書や時代の遺物の展示を見て進み、外では早々に見られない物を展示する場に案内した。
「ここに飾られてあるのは長寿を祈願して奉納される「延年の舞」に使用されてきた衣装や装飾品だ。
今も使用されている物もあるよ。
「延年の舞」は、見て来た常行堂で毎年行われている。八〇〇年もの歴史がある民俗芸能だよ。
説明に有る通り、国の重要無形民俗文化財になっているんだ。
毛越寺のお坊さんの舞う翁や若い女の舞のほか、町の皆さん、稚児が舞う演目も有るらしいけど、俺は実際を見たことがない。
元々は名の通り、延年、正月を迎えたことを記念して旧正月に披露されていたらしいけど、今は秋の藤原まつりの間の十一月初めに踊られるらしい。
寒い、雪の日に舞う事だってあるんだと聞いて(い)るよ」
「外に、延年の舞をしている地域って有るの?」
佐々木の質問だ。応える前に、俺は首を縦にした。
「宮城県の栗原市金成の白山神社、栃木県日光市の輪王寺で行われている。
外は知らないんだ。
仮面をつけた翁や若い女が舞うけど、謡や拍子をとるのもお坊さんだ。
健康長寿を祈ると有れば町の人も近在の人も欠かせない行事だけど、天台宗の秘法の一つを今に伝える物(舞)だとも言われている。
その教えの御本尊を摩多羅神と言ったかな?。
毛越寺の御朱印に摩多羅神のもあるんだ」
「えっ。それはめったにない御朱印だと思うね、
是非、手に入れたいね」
「調べてみようか?
どの様にすれば手に入るのか、何時にその御朱印を手に出来るのか」
「有難う。自分の事だ。後で、自分でネット(インターネット)ででも調べるよ」
良い情報を得たと言うのか、ニッコリする佐々木だ。
館内から出ると、大分に陽が落ちて来たのが分かる。青空にあるものの、少しの風に肌寒さを感じもする。
毛越寺を出て、観自在王院跡に廻った。歩いて一分。牛車が停まって居もした車宿跡だと言う所に立つと千田だ。
「広―い。眺めが良いね」
近くの大杉の根元に、赤い前掛けをしたお地蔵さんが鎮座していた。
暫く歩くと、説明書きを見なくとも此処も浄土庭園だったんだなと直ぐに分る。空や落葉樹に杉木立が湖面に写り込んでいる。建造物の礎石だったという大石が、まだ生えそろわない草に囲まれて存在感を示していた。
「舞鶴が池」とある池の後ろに見えるのは金鶏山だ。池に有る石組も滝も眺めが良い。毛越寺もこの観自在王院跡も一言、「これが浄土です」と、正に言いたくなる景色だ。
「車に戻ろう、次に達谷窟だ」
大阿弥陀堂跡だという所に在った拝殿と祠を目にして、二人に呼びかけた。
