「金色堂、もう良い?」
「もっと近く寄ってみたいけど、この混雑ではね。
改めて、別の日に来るよ」
生家が一関にあれば俺と千田は盆暮に時間を見つけて中尊寺に寄ることも出来よう。だが佐々木は何時にまたここに来れるか分からない。
だけど佐々木の言葉に、人混みから離れることにした。
金色堂を出ると、佐々木の指さす先に御朱印状授与所の標識が有った。
「あれっ、あそこにもあるんだ」
「否、その横、
中尊寺限定の御朱印帳だって」
佐々木の顔を見ると、苦笑いの顔だ。
「知らなかったね。調べて(居)無かった。
(限定帳が)どんなものか、大いに関心が湧くね。
どの様にすれば入手出来るのか、経費が幾らなのか調べてなかった。
今回は無理でもまたの機会のために、後でネットで調べてみよう。
今日は無理だね。待ち時間が長くも成る。
二人に迷惑をかけることになる」
佐々木は、終わりの方を自分自身に語った。そして、六物新志の話、続きがある?と聞く。
歩きながら話す気にもなった。讃衡蔵は目の前だ。
「玄沢は長崎遊学の途中、造り酒屋を営む大坂の豪商、木村兼葭堂(木村多吉郎)の所に滞在したんだ。
兼葭堂は商人でありながら、「浪速の知の巨人」と評判を取る本草学者であり、文人、画家でもあり蔵書家だった。
玄沢は、先生、杉田玄白の紹介もあってその家に泊まらせて貰ってる。そして、一角獣を知るために、兼葭堂からグリーンランド地誌を借りているんだ。
それで六物新志を世に出す(出版する)事を決めている。玄沢は、ユニコーンは鯨の一種、イッカクの事だったと分かったみたいだよ。
今に残されている二十九人の蘭学者が集まっているオランダ正月と呼ばれている絵、見たこと(が)ある?。
あの絵の床の間に飾られてある掛け軸に書かれているのが鯨のイッカクだ。何でイッカクの絵があそこに有るのかと思って居たけど、それで理解出来たね。
ユニコーンの角、つまりイッカクの角、否、牙だね。それは粉にして飲む。解毒剤として紹介されているんだ。
俺はその出版元、版元を知っても驚いたね。
早稲田大学の古典籍総合データーベースを見たら、天明の頃(天明六年、一七八六年)の初版本には浪華(大坂)、兼葭堂とあって、寛政七年(一七九五年)の本には、(NHK)大河ドラマ、「べらぼう」の耕書堂、蔦屋重三郎になっているんだ。
大槻玄沢と言えば、江戸時代に蘭学を世に紹介した人物、初めて外国語の勉強を奨める「蘭学階梯」を書いた人と言う事になるけど、その出版にも蔦屋重三郎が関わっていた。いやー、ドラマを見続ける気になったね。
玄沢に関わりの無いドラマ展開でも、あの江戸時代の街並み、出版に関わる人々が出て来るのって、(ドラマの)筋書を書く人の意図とちがっても俺には面白みがある」
讃衡蔵の入り口も人の列だ。奥州藤原氏の宝物殿だ。無理もない。
「ついでに言うと人魚も架空の生き物だよね。
人魚はマナティの事ではないか。ジュゴンの事では無いかと今の世にも詮索されている。
人魚の尾ヒレは団扇型。マナティの尾ヒレも団扇型。ジュゴンの尾ヒレは普通に魚の尾ヒレで三角形。軍配はマナティだね、
けど、どっちでも人魚は人魚であった方が夢があって良い。
アンデルセン童話、人魚姫を読んだこと、ある?
六物新志のお陰で初めて読んでみたよ。人魚の肉は不老長寿の薬だと言われている理由が、俺はむしろ童話で知ったよ」
「ハハハ、
面白い事言うね。そうなんだ。
小野寺を見直したよ」
佐々木の言うに、ニッコリして首を縦にした千田だ。

