・弁慶堂
参道に戻ると、千田が、思い出した、あれが弁慶堂だ、と指さす。物見台の反対側の少し先に在る。
鳥居の先に平屋の御堂が見えた。
「あそこに弁慶が眠っている」
「えっ、弁慶堂?、そうなんだ。義経は?」
千田が聞く。
「義経の首は鎌倉の頼朝が下に送られたのは知っているだろ?」
「うん、テレビで見たな。
親父お袋からもそう聞いている」
「首の無い義経の身体は栗駒山の判官森に埋葬されたと伝わっている。
さっき高館に寄った時、その事も佐々木と話して(居)たんだ。
ここには弁慶だけが眠っている。
中に義経と弁慶の木像が安置されているけど、二人とも戒名は不明だ」
「そうなんだー。
それなら、納得も行く。
二人を祀っているのに、何で家来の弁慶で弁慶堂って呼ぶのかと、小学生のここに来た時からズーッと疑問に思って(居)たんだ。
義経が牛若丸。二人は五条(京都府)の橋の上で初めて出会ってから、平家との戦いにも、頼朝に追われて転々と逃亡するようになっても特別な主従関係だったんだろ。
死んだ後ぐらい、お墓を一緒にしてあげても良いのにね」
「それは、千田の考えだね。
この御堂は、最初は愛宕堂と呼ばれていたらしいよ。
弁慶堂と呼ばれるようになったのは、義経のお墓が他所に有ると人々に知られた明治以降らしい、俺の親父の解説だから当てにならないけどね。
堂の中の格天井には、六十数枚から成る草花が描かれている。
佐々木は初めてここに来たのだから、見て行こう」


