長い坂道だ。前にも後ろにも人影が絶えない。まるで行列にも近い。祭りの最中だものなと思いもする。

「何時もこんなに人が多いの?」

「いや、そんなことないと思うけど、世界遺産(登録)になってから来る人が多くなったのは確かだね。

 少し驚かそうと思って(だま)っていた。実は(五月)一日(ついたち)から五日までは例年、春の藤原祭りなんだ。人が出ているのはその所為(せい)だよ。

 一日(ついたち)は近隣からのお坊さん達も加わり、中尊寺本堂で(奥州)藤原氏の追善(ついぜん)法要(ほうよう)が行われる。

その後に、春の花を手にした稚児(ちご)御詠歌(ごえいか)(うた)う檀家の皆さん、お坊さんとで本堂から金色堂(こんじきどう)まで列を作って(ねり)(わた)る。

 二日目(ふつかめ)は、本堂等で終日、護摩(ごま)供養(くよう)が行われるんだ。

 三日(みっか)の今日は義経の(あずま)下り行列が有る。兄の頼朝に追われた義経が、四苦八苦して(もう)越寺(つうじ)まで戻ってくる。

 中尊寺に在ってそれを聞いた藤原(ふじわらの)秀衡(ひでひら)が、毛越寺まで自ら迎えに出向(でむ)く。

義経主従一行と列をなして中尊寺に帰ってくる。

 それを再現した物と聞いているよ。

 前に一度見たけど、行列は百人近かった。

 煌(きら)びやかな衣装(いしょう)装束(しょうぞく)姿(すがた)で一大絵巻を見せてくれる」

「俺もそれを見たことが無いね。

 是非見たいよ」

 佐々木の反応よりも千田が先だった。

「八百年前とはいえ逃亡者主従の姿形(すがたかたち)だ。凱旋(がいせん)するような衣装、装束ではないよな。

 なのに、(きら)びやかな衣装、装束姿の行列なんだ。

 矛盾しているけど、まぁ、それは兎も角、行列はめったに見れない光景だからね。

 飾られた白馬に(またが)る義経(役)は何時も有名人だ。今年は芸能人だそうだ。

(途中)、あちこち交通規制に成っていたろ、その所為(せい)なんだ。

 今日(三日)は朝早く、八時半から規制が掛かる。何処かで引っ掛かったら、龍龍澤寺で法事が有って、それが終われば一関駅に戻ると言い訳も用意していたけど嘘をつかずに済んだ。

 行列は午後の一時半頃に毛越寺を出発し、観て来た無量光院跡などに寄る。

 平泉駅前にも寄るらしいよ。観光客の写真撮影のスポットにもなっていると聞いた。

休憩を取ったとて、三時ちょっと過ぎに中尊寺、金色堂に到着するんだ」

「妹が言っていたね。

(現代の)建造物が写り込まない無量光院周辺、そこが行列(写真)を撮る穴場らしいよ」

「俺達は本堂、金色堂に藤原三代の宝物殿(讃衡蔵(さんこうぞう))を見学して、その後に食事だ。

 食事処かんざん亭で、平泉で()れた自然薯とか山菜だね。それを使った蕎麦(そば)でも食べて時間調整だ。

後にコーヒーでも飲んで到着を待つ。(行列を)見よう。

 到着した義経一行は本堂、金色堂を参拝し、お焼香を上げて供養をすることになっているんだ」

「楽しみだよ」

 千田の返事に、佐々木も小さく頷いた。

 坂道の参道が続く。

「何年経っているのかね。

 何時来ても、鬱蒼(うっそう)とした杉木立だ」

 千田の言う、何時来てもは小学校の遠足の時を思ってか。

 道が平たんになると、突然、右手に物見の場所が開けた。杉木立の間に一関平野を遠望する屋根付きの物見台だ。

千田は、初めてここに連れられて来た時、昔は屋根も一休みする長椅子も無かったと両親が言っていたと語る。

「良いね。霞みが掛かっている」

 佐々木の一言に、説明したくもなった。

「左から右に流れている川が衣川(ころもがわ)

 右手に遠く、水面がキラキラ光ってカーブを描いて大きく、ゆっくり流れているのが北上(きたかみ)(がわ)

 田植えにはまだ少し早い。田も畑も緑色が増して行くのは連休明けから五月も終わり頃だ。

その時は、もっと良い初夏の景色に成るよ」