山門を潜ると右に本堂、左に位牌堂がある。
「あの位牌堂の前に上がり框があるだろ。
前に来た時、境内を掃除していた方と十分ぐらいだったかあそこに座って話をしたよ。
右手の本堂の横にある玄関口のチャイムを押そうとしたら、後ろから声をかけられたんだ。
聞かれて正直に、大槻家のお墓を見たくて来たと言ったら位牌堂の前に誘われた。
手袋をして左手にビニール袋を持っていたね。ごみ拾いに雑草採りをしていたらしい。
一関で生まれ育ち、地元の高校を出て、今に仙台に住む医学生だと身を明かしたね。
生家は今も地主町の一角に在る、ちょっとばかりの帰省だと言った。
殆ど覚えていないけど、お寺の名の由来とか、謂れとか、歴史を語って呉れた。その後に、今の大槻家の御主人はそっとしておいて欲しいと言っていると言う事だった。
そう言いながら、折角来たんだから、地元の人だから良いだろうと大槻家のお墓の在る場所を教えて呉れた。
あの本堂の右側に小道が有るだろ、墓地に上って行く道だ。
行ってみる?」
考えもする佐々木と千田だ。少しの沈黙の後、佐々木が言った。
「他所の人のお墓を見るって、普段、俺達の習慣には無いよな。
自分家のお墓参りのついでに親戚の(家の)お墓にお焼香することはあるけど、故人を偲んでと言うことも無く他所様の墓(墓所)を見に行くのは失礼な事かもしれない。
しかも、大槻玄沢の墓はここに無い。行くのは止そう。
墓地は静かな方が良い」
佐々木の言うに、千田が頷いた。
山門を潜り、戻り道での千田の質問だ。
「大槻玄沢のお墓は何処に有るの?」
「東京も港区の高輪、東禅寺に有る。
小野寺に聞いていたから、家(東京世田谷区)に帰った去年の夏休み、行って見た。
だけど、境内は見れても、墓地には入れなかったね。
お墓に縁のある親類、縁者しか入れないことになっていた」
「えっ、そうなの?
それは知らなかった。悪いこと(を)したね」
「気にしなくて良い。
思っても居なかった歴史の勉強をしたし、その理由が分かったよ。
中学か高校の日本史の授業で習ったかもしれないけど。ネット(インターネット情報)だと、日本が開国したのは江戸(時代)も末期、一八五三年、ペリー提督が来航した時とあったね。
そして、一番最初に置かれたイギリス公館(仮公館)。今でいうイギリス大使館だね。それが東禅寺なんだ。
尊王攘夷の考えが強い時代だろ。開国しても、外国人排斥を唱える輩が周りにうようよ居たと思うよ。
攘夷(外国人迫害)を唱える連中が東禅寺を二度も襲撃した(一八六一年、一八六二年)とあったね。「夷狄(外国人)が神州(神の国)日本を穢した」と、外国人追放、殺傷を叫んだらしいね。
「神州が日本って日本史の授業で習ったけど、イテキって・・・、どんな字を書くの?」
「尊王攘夷のイ。イは異人、外国人だ。テキは敵味方の敵では無くてケモノ偏に右に火の字、燃える火の字だ。狄の字は異民族を言うらしい。
ハハハ、調べたら狄の字はえびすとも読むんだ。神様のえびす様、面白い。
現代は人手不足に観光で受け入れているからね。外国人に日本に来るなと言えない。
だけど、墓地に入れるのは今も親類、縁者に限っているとお寺の関係者の説明だった」
千田の質問に答える佐々木だ。二人とも勉強家だなと、何故か満足感を覚えた。
顕彰碑の前に差し掛かると、三人揃って、また一礼した。
「東禅寺の門前に東京都の旧跡だと書いてあって、「最初のイギリス公使宿館跡」の石碑が建てられて有った。
境内には五重塔が有ったよ。山門の扉に大きく九曜の紋所が有ったのも印象に残っている。ネットで調べたら、九曜の紋は葛西、千葉一族の紋所とあったね」
歩きながら佐々木の解説が続く。車道を渡るに、自家用車を五、六台見送った。大型の観光バスが二台通り過ぎた。平泉方面に向かう車ばかりだ。
「玄沢の祖先が葛西一族にあるって小野寺に聞いていたから、葛西氏を調べたよ。
驚いたよ。鎌倉時代の葛西清重まで遡る。
都内に在る地下鉄葛西駅、葛西臨海公園の辺りが葛西清重の所領のあった所だったらしいけど、これから行く平泉、平泉周辺から宮城県側に成る石巻市、その辺りまで葛西清重が頼朝(源頼朝)から所領として貰っていた」
車道を渡るにも、佐々木を真ん中にして右左に千田と俺だ。
「清重が奥州藤原一族との合戦にどんな功績を上げたのか、何故、貰うことになったのか、それを調べたよ」
「流石、佐々木だね。そこまで調べた?。
大槻玄沢はその葛西清重から出た葛西氏の末裔に成る。
清重は頼朝親衛隊の一人だった。天下統一を目論む頼朝隊の先ぽうを勤めていたらしいね。
福島県の白河の関を超えて、奥州合戦の勝負所となったのは今の福島県、伊達郡国見町辺りなのだそうだ」
一瞬迷ったけど、そのまま、車のドアを開けた。
「続きは中だ。中で話すよ」
佐々木も千田も頷いた。駅の広場には車がもう二台停められてあったが、人影がない。
走りながら話すよと言えば、ごめん、話を長くしてしまったなと佐々木だ。そして、安全運転のため、このままここで少し話そうと言う。千田が、そうしようと応じた。
