「さっき、平泉に行く。それだけで午前中は終わりだと言ったけど、俺達の目的は元々大槻玄沢って誰?、何をした人?、出身
はどこ?って、それで計画した二泊三日だ。
それで、中尊寺に行く途中に有る大槻玄沢の生まれ育った所、市内の中里地区に行く。地主と書いて地主町とか、玄沢が育った中里の標識も出てくるよ。
陸奥国磐井郡中里村だね。無人駅の東北本線山ノ目駅の近くだ」
「無人駅?」
「珍しくも無いよ。過疎化だね。
人が減って、廃駅になるよりはまだマシだ。
東京生まれで東京育ちの佐々木には理解できないかもな」
「いや、そんなこと(は)ない。
東京近郊だって、自動券売機は有るけど駅員の居ない駅が増えて居るのだそうだ。
(駅の)利用者が減ったからと言うよりも、駅員の確保が難しいらしい。
人手不足が原因らしいよ」
「へー、そんなこともあるんだー。
中里は龍澤寺に寄る。そこの門前に大槻玄沢の顕彰碑があるんだ。
(顕彰碑を)揮毫した人物が東北大学名誉教授、山形敞一とあって、講義も受けて居ないけど、山形先生は千田と俺の内科医の大先輩だね。
後で調べたら、専門は消化器、特にすい臓疾患に有ったらしい。日本癌治療学会総会の会長や、宮城県の対がん協会会長の職にあった人だ。
一九九八年って、平成何年?、その秋口(九月十四日)にお亡くなりになっている。
同じ医者として大槻玄沢を尊敬していたん(の)だろうね。石巻市出身とあった。
そこから、一関街道、昔の奥州街道を道なりに進んで平泉バイパス南口と言う所から左に(道を選んで)中尊寺に行く。
寺の手前に、平泉文化遺産センターと言うのが有る。世界遺産に登録された(平泉の)文化遺産をパネルや映像で紹介している。
前に一度行ったことが有るけど先ずは寄ろう。あちこち行って俺の下手な解説を聞くより良いだろう?
次に中尊寺から金色堂だね。金色堂は覆いの堂の中に有るから、外観を見て、えって思うかもしれない。
だけど、(金色堂の)中に入ると、凄えーって思うよ。まあ、行ってから、後に感想でも聞かせて呉れ。
その見学をしただけで、大体が昼飯時刻に成る。
近くにレストランもあるし、蕎麦屋もあるから現地に行って話し合って決めよう。
(中尊寺からの)帰りの道に毛越寺、達谷窟、厳美渓に寄ろう。
そこから一関博物館も近いけど、明日、改めて行こう。
今、何を展示しているか調べても居ないけど、行けばお目当ての大槻玄沢の事が一番に知れるだろう。
半日に成るか、一日に成るか、行って見て決めよう。
博物館の前に道の駅、厳美渓がある。明日はそこのレストランで昼飯だ」
「小野寺に任せるよ」
佐々木が言うに、千田も頷く。
「今日も明日も、夜は俺の所だ。
狭くてむさ苦しい家だけど、親父、お袋、妹迄もが楽しみにしているよ」
「実家はここから近いの?」
「ああ、歩くと二十分、二十五分もかかるけど、田舎ではそれで遠いとは言わない。
老人の語るすぐそこだは、歩けば一時間もかかるなんて田舎ではしょっちゅうの事だ。磐井川の土手に近い地主町の一角だ」
