二十六 イギリスにこそ注意
オランダ正月の宴も無事に済んだ。参加者も年々増えていれば来年はまた更に座卓の数を増やさねばなるまいか。
お国の正月も、もう直ぐだ。
「早い物よの。蝦夷から戻って来て、もう一カ月半にも成るか。
少し落ち着いたれば、其方の言うイギリスが事を詳しく聞いても置きたいと思っての。
それで呼びもした」
「はい。お呼び立て、有難う御座います。
先の(進呈した)「捕影問答」は、少しはお役に立ちましたでしょうか。
イギリスが事、真偽を確かめる方法とて御座いませんが、カピタン等からお聞きしている情報から(捕影問答に)吾の思う所を纏めた物に御座います」
頷く侯を見て、それからに話した。
「フランスによってオランダと言う国が無くなったと前に御話しましたが、そのフランスを上回る勢、海軍を先頭にしてアメリカを手中にしたのがイギリスで御座います。今や一般市民をもアメリカに送り込んでいる(移民)と聞きます。
イギリスは軍船に鉄砲、大砲等を積み、兵隊を組織してアメリカに進出し、また今に力で隣国唐、清朝に開国を迫っているのです。
交易を旗印にして何れ日本にも開国を迫って参りましょう。近頃長崎近海に来ている異国の船は実はアメリカ船、イギリスの息のかかった船ではないかと噂されているともお聞きして御座います。
北国の一連の襲撃が騒ぎも、陰に隠れたイギリスがオロシヤの南下を助けていると聞き及んでイギリスこそ注意を要すると考えが行くのです。
「カピタン等から聞きもしていると、それはそれで分ったが・・・。
そもそもイギリスの軍事力が、オロシヤやフランスを上回る物かの?」
「カピタンの話ばかりでは御座いません。あの世界一周をして帰国した漂流民の話の中にもフランスと対戦したイギリスが事。オロシヤと戦をした後に種々の誓約を交わしているイギリスの事等の話が御座いました。
(大黒屋)光太夫の話にも、オロシヤの天文、医科学等の発展と軍事力増強はヨーロッパからの流れに有るとの事でした。
光太夫殿がオロシヤで大変お世話になり聞きもしてきたと言う博物学者のキリロ・ラクスマンの教えだと、ヨーロッパの宗主国とも言うべき国は、イタリヤ(フィレンツエ)から始まり、時代と共にポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、そしてイギリスと変遷しているのだとか。
どの国も国益を得んがために交易を求める。海に出るも陸に有るも、それと共に軍備を増強して来たとの事です。
オロシヤが事もさることながら、吾国が次に気を付けねばならぬのはイギリスとなりましょう」
「うーん。成るほどの。世界の情勢は地理を学ぶ者や其方のようにカピタン等と交流の有る者に聞かずば分からない。
一緒に蝦夷に在った長崎も大通詞、名村多吉郎や小通詞(格)の馬場為八郎にも世界が事情を聴きもした。
そう言えば、名村は疲れが酷くての。長崎に帰し、同じ大通詞石橋助左衛門と言う者に江戸に来て貰うことにした。(江戸に)向かって居よう。
オロシヤならず、開国を迫ってくる国が増えもして来るかの?」
「憚りながら、お国(幕府)の中でも世界を視野に置いている御方は堀田様を置いて他に無いと思っても御座います。
開国か鎖国か、その選択が迫られる時代、時が遅かれ早かれ何れ来ましょう。
難事に対処せんがためにも、お身体を大事になさいませ」
「健康に有らねば歪んだ判断にも成ろうかの。
其方の言う通り、流行り病などに負けぬようにせねばの」
「ご家族、御一統、元気に御座りましょうや」
「ハハハ、笑ってはならぬが、吾の代わりに室(奥方)と娘が今に風邪で床に伏せて居る。何、それほどの心配は要らぬ。
源四郎と言ったかの。工藤平助殿が後の倅に診て貰ってもおる」