二十 間重富の訪問

「この暑さに御座いますが、お元気にございましたか?」

「(暑さに)参ったとは言えぬ。

 志村殿が仙台に帰りしも、吾の仕事は終わりもしていないでの。

 汗をふきふき、毎日、机に向かって御座います」

「吾等と変わりませぬな。天文は毎日のことでも御座る。

 夜にも、暑い寒いは言っておられませぬ」

「失礼した。雨風に有ろうとも(はざま)様達は休むことも出来ぬに御座った。

(それに)比べれば、体調が如何のこうのと自分で休むことも出来るはまだ良い方に御座る。

 吾の仕事で余計にご迷惑をおかけして申し訳ない」

「いえ、いえ。前にも申し上げた通り吾の仕事の一つとも数えております。

 お約束の残りの国、島々の気候風土、緯度・経度が分かりもしたので(したた)めて持参した。ご覧頂きたく存じます。

これで、漂流民の行った先々のこと、凡そ片付いたかの?」

「恐れ入ります。平伏して感謝申し上げます」

「何を何を、こちらこそ恐縮してしまいます。頭を上げなされ。

追加でお聞きしたい事が生じたれば、文にても使いの者にても後々ご連絡下され。

 話が変わるが、江戸を発った堀田様は今に如何して御座いましょうな。

 オロシヤが騒ぎ続きで、天文方の中でも今にオロシヤ語の出来る者をと、その必要性を痛感して御座る。

 先日に御上(幕府)は、急遽、長崎の蘭語大通詞の名村多吉郎殿、小通詞格の馬場為八郎殿をこの江戸に呼び出した。御二方を天文方の蝦夷地御用としたところです。

 聞けば馬場殿は、二年前、御上のレザノフが交渉時に通詞としてその役に当たった御仁と知り納得しもしました。

されどお二方は(江戸に)来たものの、すぐさま堀田様が後を追って蝦夷地に向かっております。

 その一方で、今に、御上(幕府)に世界地図作成が必要との考えが出て来ての。それが天文方の新たな仕事になりそうです。

 景保殿(高橋景保、天文方の総帥)に(作成の)命が(くだ)ろう程に、既に有る異国の地図も参考にせずばならぬ。それで天文、地理にも詳しい者で語学に堪能な者、得意とする者を補佐に選ぼうかとの話にもなって御座る。

 増々天文方の(ぎょう)(仕事)が増えもする。これも、堀田様のお考えに御座ろう。

今頃、侯はクシャミでもして御座るかの?」

 最後は何時も陽気に冗談をお口にする(はざま)殿だ。要件を済ませ、取り巻く近況をお聞かせ頂くだけで(吾の)心は和みもする。

御上の景保殿への御下命は、堀田様の発案に間違いなかろう。侯の目はやはり世界に向いている。