十七 家族団欒
「元気だったか?、久し振りじゃの」
「はい。御無沙汰しておりました。申し訳なく存じます」
「うん?、何ぞ有ったか?」
「外でもない、お借りしている叔父上の「鯨漁叢話」(大槻玄沢著。享和四年、西暦一八〇四年刊)を引き続きお借りしたいと、その御願いが事で参りました。
学頭等からの宿題に応えるに、まだまだ「鯨漁叢話」を参考にしたいのです。
実はこの一年、吾は学舎の再建、図面が事から建設に至るまでの費用等までも検討する一員の中に取り込まれて御座います。
(去年の春の)大火が後の事は秘事が事になっても御座いますればこれ以上に御話することも出来ませんが、それで鯨が事を纏めよとの(学頭等からの)宿題が無くなったわけでは御座いません。
学生の面倒を見るが事は少なくなりもしましたが、碌に宿題に取り組めない有様に御座いました。
御聖堂の姿形は張り巡らした幕の外からも段々に見られようになってきましたが、生月島(長崎も平戸)の鯨が事の纏めは未だに数行に御座います。
それ故、お願に来たところに御座います」
「ハハハ、良い良い。存分に参考にされよ。
それよりも、出来(上梓)を何時にと決めて係らねば、仙台行きも堀田様とのお約束も果たせぬぞ。
御聖堂(が建設)に目途が立ったとあれば、後ろを決めて(宿題に)真剣に取り組むが良い」
「はい。来年が春までには何とか仕上げねばと思っても御座います。
纏めるが事の構成を、粗々では御座いますが今に作り終えて御座います。
書の名を「鯨史稿」とし、鯨の種類、鯨のもたらす益、効用を記し、次に捕鯨地や捕鯨のための道具、用具に専用の船などを纏めて書かんと構想しております。
(書の)構成項目に従って、纏めていく段に御座います」
「何事も、根気良くの。
吾のを(鯨漁叢話を)参考とするに、確かめもしたいことが生じたら遠慮せずに聞きに来るが良い」
「有難う御座います」
タホに続いてお京に小春がお茶を淹れて持って来たかと思えば、五三も六までもが顔を出した。家族が揃えばそれだけで座が和みもする。玄幹はまだ下がる時刻に早い。(御屋敷の)医者溜まりに居ようか。
「吾は今日に、御屋形様に去年の「北辺探事」に続く「環海異聞」を奏上して来た所よ。
異聞が事はまだ話しても居なかったかの?。
幼い御屋形様(十二歳、伊達周宗)にも分り易くと、北辺探事の内容の粗方を文と絵図からなる物に仕立て上げた。
(仙台)藩も石巻の御用船が遭難し、乗っていた水主達がオロシヤで凡そ十年生活した、今、日本に戻ってきた四人から聞き取り調査をしているとは前にも話したの」
「はい。長崎からこの江戸に連れてきた四人の聞き取り調査をして居る。
下屋敷の方と行ったり来たりだと・・・。
それが、去年の五月だったか六月に「北辺探事」として纏め、主(伊達周宗)にご報告出来たとお聞きしました。
以前には、遭難した十六人が(北)アメリカも、訳の分からない北国の島に漂着した。コージキと言いましたか、吾国で言うトド(海獱)とか、ネルバ(海豹、アザラシ)、ホフロフ(猟虎、ラッコ)と言う海獣を捕らえて皮を集める狩人、商売人の世話でオロシヤ本国に船で渡ったと、それだけお聞きして御座います。
調査は秘事の事なればとお聞きして、北辺探事が中身をお聞きするは控えております」
そうだったかと思いもする。民治に聞かせたつもりが、この一年余一番に迷惑をかけていた家族にも話していなかった。
今に、妻にも子にも使用人にも分かるように話しても良いだろう。話す気になった。
「遭難した若宮丸に乗っていたのは十六人。
漂流した水主達はオロシヤで凡そ十年暮らした。
オロシヤは蝦夷地よりも北にある。日本と比べにならぬ広大な土地じゃが冬の訪れが八月にもなる。
一年の半分は雪と氷の寒い国ぞ」
理解できるかどうか、六さえも大人しく黙って聞く。吾の顔を見て語る次を待つ姿勢だ。
「十年の間に死んだ者、耶蘇教に入信した者、病人が出てオロシヤの王様に謁見出来て帰国を許されたのは僅かに四人だった。
日本に帰らんと四人が乗ったオロシヤの船は、世界の国々や島々を探検、調査する軍船でもあった。
それ故漂流民は否応なく船の進みゆくまま、ヨーロッパ、アフリカ、南アメリカ等にまでも行き、世界を一周して長崎に帰って来たのだった」
「えーっ。それは面白い」
一早く関心を示したはお京だ。
「世界を回って来たなんて、奇余の事でしょ。
なれば、誰もがきっと知りたがる。
知りたい、国にも島にも行って見たいと思いますよ」
「先に民治から北国の海獣、トド(海獱)とか、ネルバ(海豹、アザラシ)、ホフロフ(猟虎、ラッコ)の話が出たが、四人は象も駱駝もキリンも見てきた。
ブラジリー(ブラジル)や南洋の島でココロジル(ワニ)やヤシの木までも見てきた」
「ゾウって、何?」
六が聞く。
「ゾウも駱駝もキリンも生き物よ。犬、猫と同じ動物よ。
(吾の部屋に)カピタン等から買いもした西洋の図巻が有るでの、
後で植物が図鑑に、海獣も、動物も、鳥も載る絵図を見せもしよう」
吾が応えるに、民治が続いた、
「ゾウはの、犬、猫と同じ四つ足じゃ。
お相撲さんを知っていよう?」
黙って頷く六だ
「お相撲さんも大きいが、象はの、お相撲さんの身体の五倍も十倍も有る大きな体に、太くて長ーい大きな鼻をしておる」
「柏戸が好き」
図鑑にても象の姿形を見ずば理解出来なかったのだろう。雷電に勝ったとて今に人気の出てきた柏戸(柏戸宗五郎)の名を口にした。初めての大相撲見物に興奮していた六を思い出した。
(翌年の文化五年三月(一八〇八年四月)、柏戸宗五郎は大関に昇進する)
「発刊、公表に当たって条件が有るものの、世間にその環海異聞の公表が許されての。
これから先の凡そ一年は、打ち合わせにもっぱら版元等と行ったり来たりするようになる」
これから先一年の吾の行動が予定をタホ(妻)にも語った事になる。お京も末吉も下屋敷との間の行ったり来たりがこれで解放されることにもなるのだ。
末吉が顔を出した。皆が勢揃いもしている座敷に、少しばかり驚いたようでもある。
「あっ、いけない。団子、団子、お団子」
末吉の顔を見ただけで要件が分かりもした様である。おまけに薬缶、薬缶と言う。
「竈に掛けたままか?
火事に有ったと言うに、気を付けよ」
タホに向けた声が少しばかり大きくもなった。
だが、折角の好天だ、皆で縁側に出て団子を口にしてお茶にしようと声を掛けた。
民治が分も十分に有る。みたらし団子に草団子が思い浮かんだ。