十一 タホとの戯言
「やっとに、秋の気配を感じるようになりましたが、
ここ二、三日、暑い日が続きますね。
冷たい物の方が宜しゅう御座いましたか?」
「いや、(其方も)知るように吾は腸が弱いでの。
水分の補給は欠かせぬが、暑かろうと温かいお茶の方が良い。
少し冷ませばそれで事足りる」
「思案して御座いましたが、何ぞ御座いましたか」
「ハハハハ、何時もの事よ。
なかなかに御屋形様に奏上せんがための補遺稿が進まぬでの、
気分を変えようとて長崎から届いた文を見れば、吾友、志筑忠雄殿が亡くなったとの知らせじゃ。七月八日(文化三年。一八〇六年八月二十一日)。享年四十七(歳)とある。
もう二十年余も前に成るが、吾の長崎遊学の折の事が思い出されての。彼の部屋で、色々議論して夜を明かしたことも有る。
蘭語の翻訳にも文法の解説にも詳しい彼だが、特に窮理(物理)、天文が事ではずば抜けて居った。それが話に及べば吾などとてもとても相手にならぬ。ただただ彼の知る所、説を拝聴するだけだった。
彼の書き表した「暦象新書」にはニュートンやケプラーの生んだ法則や概念が載る」
「オホホホホ。旦那様。今、お相手をしているは私で御座いますよ。
話されても馬に念仏で御座います」
「ハハハ、そうじゃの。
引力、遠心力、重力、加速、楕円など彼の創り出した言葉、語句とて知りもしないところじゃろう。
足し算(+)、引き算(-)、等分に分ける(÷)とて、それらの記号、符号を日本に紹介したは志筑ぞ。
日本の今の世を鎖国と言い表しもした。鎖国が悪いと言い切れぬと主張しながら、オロシヤがシベリヤを自分の国の物にしたことに嫌悪しているとも聞いておった」
「オホホホホ。ゆっくりお茶を味わって下さりませ。
御相手が務まりませぬ故、退散、退散。
間もなくに家が出来上がると、棟梁からご報告が御座いました。
引っ越しの準備も必要になります。その事だけお伝えしておきます」
(早稲田大学名誉教授であり、大槻玄沢研究に功績を遺した杉本つとむ氏は、その著作「長崎通詞ものがたり」に、江戸時代三百年を通じて最高の通詞を一人選ぶなら、ためらうことなく「志筑忠雄」だとその名を挙げている)
タホが姿を消すに、長崎が事が頭から離れない。漂流民が長崎に居た頃を思うに、幕府方の代表としてレザノフと会談もしたと聞く遠山殿(遠山金四郎景普)が思われる。
会談が内容ではない。交易ならずと御上のご意向を伝えたが後に、一転して蝦夷地に派遣を命じられたお人だからである。
あの極寒の土地で年を越し、宗谷までの西蝦夷地を視察して帰って来たと聞きもしたは四月(陽暦、五月)だったか。(遠山金四郎景晋の実際の江戸帰京は文化三年三月)
幕府にも多くの人材が居ように、一人の人間を短期間に南から北の果て(松前藩)までも派遣するとは・・・。越中侯(松平定信、白河侯)の実施した学問吟味の甲科筆頭合格者に対する嫌味、妬みとも覚える。