そこここに人が居る。吾等と同じように焼け跡を掘り起こしても居る。
「不幸中の幸いに御座いましたね。
皆濡れもせず、良くに御座います」
玄幹の言うに頷いた。急いで掘りもした。物の軽重も後先も考えず埋めたに被害が無い。
蔵書蔵を立てるぐらいの資産があれば・・・と思わずも言えば、この方法とて捨てた物で御座いませんと末吉だ。
だが、その後に続いた言葉に吾は唇を噛んだ。
「火事が多ければ、甕や葛籠に貴重品を押し込んで土に埋めるは庶民の知恵で御座います。安く、手早く都合が出来ますからね。
されど、近頃はそれを知って被災現場に泥棒が出没するようになって御座います」
「人の不幸に付け込むとは・・。情けない」
二十一(歳)になる玄幹の言葉も聞いた。
五日も経つか。葛籠の中に有る物は雨にも染みずどれも無事だ。
広げて見るに、こんなにも埋めて居ったかと今更ながらに思いもする。
「どれもこれも特に問題御座いませんね。良かったです」
玄幹が言うに頷いた。
「ほっとする。
だが、意外な分量に有るの、運ぶに如何しようか?」
「旦那様。三つに分けても一遍に運べる量には御座いません。
吾と若先生(玄幹)とで行き来しますれば、先生はここで見張っていて下され。
行って来るに(往復)半時(約一時間)とは掛からないでしょう。
帰りには、飲み物をお持ちします」
末吉もまた水物が欲しいと思ったようだ。額の汗を拭きながらの提案だ。玄幹も頷く。
大風呂敷を背にした二人の姿に、立派に商人に見えるぞと冗談口を叩いた。
二人を見送ると、腰かける場所を探した。改めて周りを見ればまだまだ人がいる。役に立ちそうな家財道具を探しているのだろうか。
だが、今まで気付かなかった異臭に気付いた。黒くもなった焼け残りの材木の匂いではない。据えた匂いと糞尿の匂いだ。明らかに野菜や食べ物の残飯等の腐れ物に、流れ込んだ大雨で厠が溢れもしたか。こうなると、焼け跡一帯の衛生管理が大事なことだ。吾も医者なればその対策は如何にと思いもする。
天明(天明三年、一七八三年)の世の浅間山の大噴火の比ではない。あの時には診療所とその周りの庭の大掃除、衛生管理で済んだが、此度は五三〇町もの広範囲の衛生管理が必要になる。何ぞ悪い病気が流行りはしないか、疫病が蔓延したら・・・。思っただけでもゾッとする。
二人の姿を見付けただけでも何故かほっとした。
「毛受様が納屋を覗いたら、やせうまも、背負い籠も背負い梯子も御座いました。それで背負い籠二つをお借りしてきました。
これの方が多くも持てれば、担ぎ易くも御座います」
末吉の言葉に併せて頷く玄幹だ。玄幹が手にして来た竹筒で喉を潤した。どの道を通ったと聞けば、芝口から右に道を取り、御成門前を通って愛宕下に至ったと語る。その道の方が安全に思いますと言う。
残りの本と紙の束を背負うに、角ばった本を籠にして聞き取りが紙の束を吾が背負う大風呂敷に包んだ。
「二人の籠の方が遙かに重いの。
少しでも吾(風呂敷)の方に包み直そうか」
「御心配には及びません。担げる量です。
先(先程)よりも、大分に担ぎ易くなりました。
若様(先生)の方は大丈夫に御座いますか?」
「心配ない。担ぎ易くもなったればまだまだ持つことが出来よう。
御父上、その紙の束もこの籠に幾分なりと移しましょうか?」
「いや、吾の方とて心配ない。
そろそろ引き上げよう」
掘った時の道具が有る事を忘れて居た、鍬につるはしを手にした末吉に感謝だ。
風呂敷包を背にすると両方の肩口に両手を使いもする。確かに商人の姿だなと苦笑した。鍬のもう一本を玄幹が手にした。家に着いたら、熱いお茶に何ぞ精のつく物でも妻に催促しよう。
米に野菜、何もかもが高騰している。途方もなく材木が高騰していると聞く。職人の手とて足りないと耳にして居れば何時に新しい家が再建出来るのか見当も付かな い。
道々、そんなことを思いもして進んでいると、まだ一丁(百メートル)も歩かないうちに、先行く玄幹の声だ。
「あそこに、瓦版屋が出て居ます。買うて来ます。
お待ち下さい」
言うが早いか、荷物を背にしたまま駆け出した。