もう四日も経ったか。結局、光太夫殿も影の調査役になってしまった。
漂流民に顔を合わせることも無く、別室にて聞き取りし綴りも絵図も点検してもらう事になった。
吾同様に昨夜徹夜した昌永を伴って部屋を覗いた。既に机に向かっていた。
光太夫殿も昨夜は帰りもしなかったのだろうかと気にもなった。
お早うと後ろから声を掛けた、
振り向いてニコリとした光太夫殿だったが、髭面に有る。
「下屋敷への道は慣れたかな。
九段の御薬園は吾の住居(芝蘭堂)よりも遠ければ気にもなっているが・・・」
机を横にして、姿勢を正した光太夫殿だ。
「何を仰せられます。
大槻様のところより遠いと言っても、四半刻(三十分)も歩けばここに着きます。
運動不足にも有れば、吾には健康の維持に丁度良い距離でも御座います。
疲れればそこここに辻駕篭を見つけることも出来る道筋なればご心配に及びません。
今日は、オホーツクからイルクーツクに移動した彼等(漂流民)で御座います。イルクーツクは吾にとっても思い出の多い場所でも御座います。
良い思い出ばかりに御座いませんが、イルクーツクが気になって気になって今朝は髭も剃らず、朝餉も喰わずに門を潜らせて頂いた所に御座います」
人は良い事よりも悪い事の方を良くに覚えている。光太夫殿が言葉に、思わずそう思いもした。
「日本に戻るに、それを導いてくれもした大恩人、キリロ・ラクスマンに初めて会ったのはイルクーツクでした。それが事は良い事に御座います。
そのキリロ・ラクスマンの消息に、吾と小市、磯吉をエカテリーナ号でネモロ(根室)まで送って来て呉れた倅、アダム・ラクスマン。お二人のラスクマンが今も息災に有るのかまずは知りたい。
また、今もズーッと気になっているのはオロシヤに残った庄蔵と新蔵が消息で御座います。二人が今も仲良く助け合ってイルクーツクで生活できているのか元気で居るのか。
この紙の束の山の中でそれらを知ることが出来るのではと、それを早くに知りたくもあり気が急いて早出したのです」
確かに聞き取り(調査)の途中に、お二人のラスクマンに付いて津太夫等らに消息を聞きもした。また、庄蔵と新蔵が事については儀兵衛の申告があった事だ。
その情報たるや必ずしも良くに聞こえることにあらずだ。
先走って吾から語る気にならない。光太夫殿のこの先の点検に任せよう。